「パティシエのつらい職場環境を変えたい」──未来へ行動し続ける22歳・フリーランスパティシエが今思うこと

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近年、多彩な働き方が増えてきているパティシエの業界。
今回は、22歳と若いながらも、フリーランスとして精力的に活動するパティシエに取材を申し込みました。

お話を伺ったのは、高校を中退し17歳でパティシエの人生を歩み始めた石渡未来さん。正社員としてパティスリーに入社し、のちに2番手の立場で新しいお店の立ち上げも経験します。しかし、その中で痛いほど感じたのは『パティシエの働きにくさ』でした。

始発から終電までの長時間労働、低賃金、シェフによるセクハラやパワハラ…。夢を持ってこの世界に入ってきた子たちが体や心を壊し、次々に辞めていく。石渡さんも当時は辛くて何度も辞めようと思ったそう。こんな働き方に甘んじてはいけない。過酷な労働環境を変えるには、自分自身がもっと力をつけなければ。そう考えた石渡さんは、現場から一歩引いた立場でキャリアを積む決意をしました。

▲お話を聞いたのは、石渡さんが在籍していた専門学校にあるラボ。恩師と後輩たちとバレンタイン用スイーツの試作を行っているところにお邪魔しました。

彼女は、なぜフリーランスを選んだのか。
目指す理想の働き方はどんなものなのか。
その想いを伺ってきました。

石渡 未来さん(いしわたり みく)さん

東京都出身。17歳でパティスリーに就職。都内でのパティスリーカフェ立ち上げや、ショコラトリー勤務を経てフリーランスに。2015年高校生シェフ・パティシエコンテスト(個人部門)グランプリ受賞を皮切りに、2016年有田みかん焼き菓子コンテスト最優秀賞受賞、2017年ふくしまスイーツコンテスト(生菓子部門)準グランプリと市民賞の同時受賞など多数の受賞歴を持つ。現在は都内のラボを拠点に、企業のレシピ開発やケータリングスイーツ、デザートイベント開催など、幅広い仕事を担当している。

早く現場に出たい気持ちが原動力に。
一方で、日ごとに募る違和感も

──石渡さんは高校を中退し、17歳でパティスリーに入社したと伺いました。卒業を待たずこの道に入ったのには、何か理由があるんでしょうか。

昔から、パティシエとして早く働きたい気持ちが強かったんですよね。普通高校に進学したのですが、暇を見つけては専門学校のオープンキャンパスに通っていました。100回以上行った気がします(笑)。でも17歳の時、高専の子たちは現場に出て実力をつけながらコンテストに挑戦していることを知り、「このままではその子たちに差をつけられてしまう」と焦りました。自分も早く現場に出たくて通信制の高校に転入し、就職しようと決めたんです。朝から夜まで働いて、自宅に戻ってから学校に提出するレポートを仕上げていました。

18歳になったとき、自分の実力を試そうと臨んだ高校生シェフ・パティシエコンテスト(個人部門)で、グランプリを受賞しました。副賞として授業料無償の特待制度があり、以前から専門学校への憧れを持ってたので、改めて進路を考え直すきっかけになりました。そこでパティスリーを辞め、製菓の専門学校へ入学したんです。

▲初めて出場しグランプリを獲得した高校生シェフ・パティシエコンテスト。「これがきっかけで色々なことが変わり始めた」と石渡さん。

でも座学は基礎が多く、座って勉強することが苦手だったのであまり出ませんでした(笑)。当時はアルバイトで朝6時頃から15時頃まで有名ショコラトリーに勤務し、夜は学校の実習室でコンテストの出場準備に取り組んでいました。そんなちょっと変わった専門学校生活を過ごしたのですが、最終的には19歳の時に辞めることにしました。

──すごい行動力ですよね。フリーランスになろうと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?

最初はまったく考えていませんでした。ただ、17歳から約3年間パティシエとして勤務していくうちに、自分の中で少しずつ仕事への違和感が大きくなっていったんです。

私はもともとお菓子作りが好きで、周りの人たちにお菓子を作るとすごく喜んでもらえて。それが嬉しくてこの仕事に就こうと考えました。この世界にはそんな風に、誰かを喜ばせたくて入ってくる人が多いと思うんです。

でも、実際に働いてみると、体力があろうがなかろうが、みんな長時間労働で低賃金。スタッフそれぞれの良いところ、例えばセンスや才能を活かそうとしない環境に幻滅したんです。他にも、シェフとしての立場を利用したセクハラやパワハラが日常的にあり、嫌悪感がいっぱいでした。

私が仲良くしている後輩も、「お菓子を作ってたくさんの人を幸せにしたい」と言っていたのに、どんどん病んでしまって。今はパティシエとして働くことを諦めて、違う業界で働いています。無理して働き続けている子もいます。私もそんな環境で働くのに嫌気がさしてきて、パティシエの過酷な労働環境をいつか変えなければならないと徐々に思うようになりました。

▲後輩たちと一緒に、この日は10種類ほどの試作を重ねた

当時勤めていたお店を辞めようかと考えていた時、偶然ネットでフランスのブーランジェリー・パティスリーの求人を見つけました。いつかはフランスでお菓子作りの現場を見てみたいと思っていたのでこれはチャンスだと思い、すぐ応募して。2か月半という短い期間でしたが、思い切って行くことにしたんです。今考えると、これが今の働き方にシフトする転機になったように思います。

──フランスと日本とではどんな違いがありましたか?

ボルドーから少し離れた田舎町で、行ってみて本当にびっくりしました。日本は早く来て遅く帰るのが美徳とされていますが、フランスでは「決まった仕事が全部終わるならいつ来てもいい」というスタンスでした。それぞれ自分たちで工夫していて、誰かが違うやり方で仕込みや仕上げをしていても、最終的にできていれば否定しません。

パティシエ同士、シェフやスタッフとしての立場が違っても、ちゃんとリスペクトしあっているんです。そういうことが日本の現場では行われていません。私が働きながらずっと抱えていた違和感は「お互いへのリスペクトがないこと」だったのかもしれないと思いましたね。

だから帰国したら、パティシエがお菓子作りに全力投球できるような環境をつくりたい。日本でもフランスと同じように、幸せに働けることを証明したい。と考えるようになりました。

これからパティシエになる子たちが幸せに働ける環境づくりをしたいのであれば、まず自分が幸せに働けることを証明しないといけないですよね。実際に何ができるかわからないけれど、とりあえず誰の下にもつかずにやってみようと考えました。

異業種の方々と積極的に関わる。
フリーだから広がる仕事の幅

──帰国後、フリーランスとしてどうやってお仕事を見つけたんですか?

帰国後は異業種交流会など、たくさんの人や色んな業種の人が集まる場には積極的に行くようにしていました。同業が集まる場よりも、他の業種の方々とつながった方が需要があったり、紹介してもらえたりするので。自分から企業へ営業したことはないんです。

──今はどんなお仕事をされているんでしょうか。

主には、食品企業などへのレシピ提供や、記念品としてのオリジナルギフト菓子の開発、イベントや講習時のアシスタントなどですね。

パティスリーの立ち上げ経験もあるので、ヘルプに呼ばれることもあります。以前「ペストリー部門で働くスタッフ向けにスイーツをレクチャーして欲しい」と言われモンゴルのホテルで講習を行ったこともあります。「面白い活動をしているね」と、時々ウェディングケーキの発注をいただくこともありますね。都内に設けたラボや、以前在籍していた専門学校の実習室を使わせていただいて、こうしたお仕事を行っています。

──フリーランスだと、収入的に不安定な面もあると思うんですが、そうした心配はどのようにクリアしていますか?

レシピ提供などは毎月あるお仕事なので、安定した収入にはつながっています。あとはプラスアルファで、できることをお受けしていますね。

以前は100円~200円の焼菓子をマルシェやイベントで販売するのを主な収入源にしていましたが、結局作ることばかりに追われてしまって。自分の世界を広げたくてフリーになったのに、かえって狭まってしまうなと。ネットショップでの販売も考えたんですが、今はある程度まとまった大きなお仕事しかしないよう、方向性を変えました。

万が一仕事が来なくなったら、アルバイトすればいいかなって(笑)。飲食業界は人材不足だからどこでも就職できるし、そのあたりは楽観的に考えています。

生産者さんがいてこそのお菓子作り。
ライフワークになった農園訪問

──石渡さんは定期的に、全国の農家さんを訪問していますよね。何かきっかけがあったんでしょうか。

きっかけは、3.11の東日本大震災をきっかけに始まった「ふくしまスイーツコンテスト」に出場したことです。その時は福島県産の桃がテーマだったので、いくつかの農園さんに電話で相談をしました。その中で一番温かい対応をしてくださったのが、今でもお世話になっている福島県の菱沼農園さんです。

▲「ふくしまスイーツコンテスト」は震災後、福島の農産物に対する風評被害を払拭する目的で福島市産フルーツを使用したスイーツを考案し、普及するイベント。

▲福島県の菱沼農園さん訪問時の写真。菱沼さんは福島県福島市で、さくらんぼ・桃・りんごを栽培している。

菱沼さんは試作用にと何種類も何個でも桃を送ってくださって、すごく応援してくださったんですね。おかげさまで生菓子部門の準グランプリと市民賞を受賞することができました。桃を使った1day Caféの開催や、日本テレビの「青空レストラン」に出演したのも、菱沼農園さんとの出会いがきっかけです。

▲桃を使った1day Caféで提供した桃蜜のパンケーキ

菱沼さんの農園を見学しながら、色々なお話を伺いました。震災のこと、農家さんの毎日の生活のこと。桃を育てる大変さなどを聞いていたら、言葉にならない感情が心の底から湧いてきました。

──何か、感じる部分があったのでしょうか。

私、それまでは、買いたい時においしい果物があるのが普通だと思っていたんです。ケーキにはごく当たり前にフルーツを使っていたし、フルーツタルトがおいしく出来上がればそれは自分の力だと思っていました。でも本当は「生産者さんがいてこそのお菓子作りなんだ」と。ちょっと考えればわかることだったのに、ここで初めて気が付いたんです。食材に対する考え方がガラッと変わった瞬間でした。

──実際に色々な農家さんに行ってみて、思うところはありますか?

私たちパティシエは0から1を生み出すことはできません。だから、農産物を大切に作っておられる方に還元していけるようなスイーツを作らないといけないと思うようになりました。ただの作業になってしまわないよう、食材を大切に使って、食べてもらう方たちの笑顔を思い浮かべながら作ることを何よりも大切にしていますね。

実際に訪ねるようになって驚いたんですが、規格外の廃棄に困っている農家さんがめちゃくちゃ多いんですよね。例えば桃の農家さんだと、新しい品種を作るために、木をつないで3年くらい育てます。でも、やっと実をつけた桃が小玉だったら市場にすら出せない。それまでに賭けた時間や想いを全部捨てることになります。

▲沖縄の西表パイン園さん訪問

▲パイン&マンゴーイベントで提供したスイーツ

だから、パティシエとして何かできることはないかな、とずっと考えています。いつか規格外の食材を買い取って商品化し、正規の値段を生産者さんに還元する方法を生み出したいです。

色々なことに挑戦し、成長したい。
ゆくゆくは会社づくりも視野に

──これまでお話を伺うと、「パティシエとしての働き方を変えたい」「生産者さんの利益を守りたい」という二つの想いが、石渡さんのパワーの源になっているように感じます。今後の活動や人生設計などは考えられていますか?

じつは、今年の春からオープンする予定だったパティスリーカフェの話がなくなってしまって。このお店はパティシエ誰もが頑張れる環境づくりと、良いところを刺激しあえるようにと注力していて、自分の理想にすごく近かったんです。そのために今後3年間くらいは仕事の予定は入れていませんでした。

今は白紙のスケジュールを逆手にとって、自分自身を高めるような学びの機会をたくさん増やしたいです。2度目の渡仏をしてみようかなとも考えていますね。日本にいても今は講習会やレシピ本などでいくらでも学べますが、あえて現地に行きたい。生活や価値観の違いがある人たちと仕事を一緒にすることで、得られるものがたくさんあるんじゃないかなって思うんです。

──学びの機会=インプットする時期に充てるということですか?

そうですね。私はありがたいことに、20代前半から色々なお仕事をさせてもらう機会に恵まれました。でもやればやるほど、知識も経験も足りてなさすぎると痛感しています。今やっている仕事はすべて、自分の中から発信していくものです。このタイミングで色々なものを吸収して、自分ならではの形として発信したい。そこからきっと、また新しいお仕事につながるのではと考えています。

──なるほど。最後に、フリーのパティシエという新しい働き方を、他の方にもおすすめしたいと思いますか?

いいえ、絶対にすすめないです(笑)
好きなことを自由にやっているイメージを持たれることが多いのですが、決まっていた仕事が突然なくなることもあり、現実は結構厳しいですね。フリーを続けていくのは私も大変ですが、積極的に色々な方にお会いして自分を知ってもらうこと、技術を高めていく努力を続けていきます。

今後、何年先になるかはわからないけれど、志の高いパティシエが恵まれた環境で頑張れるような会社をつくりたいと思っています。第1次生産者と、自分たち職人と、お客さん。誰もが幸せになれるような仕事ができたら最高です。



written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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