営業マンからパン職人へキャリアチェンジ。開業から13年たった今、自身のお店作りを振り返る

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埼玉県の本川越駅から徒歩で15分ほど。このエリアは風情ある蔵造りの町並みから「小江戸川越」と親しまれ、名所や名物を目当てに連日多くの観光客が訪れます。

その一角「菓子屋横丁」と呼ばれる通りにある、伝統的な川越の町屋を再現した建物。 国産小麦・自家製酵母・無添加にこだわった手作りパンで着実にファンを獲得している「ベーカリー楽楽(らくらく)」があります。

▲黒い屋根に漆喰の壁。建材にもこだわり、内装も自分たちで作ったそう。川越市都市景観デザイン賞を受賞している

オーナーの上野岳也さんは営業職から未経験で製パン業界に飛び込んだ、異色の経歴の持ち主。独学で開業への道を進みました。

13年前にオープンした「ベーカリー楽楽」のほか、現在はサンドイッチ専門店「サンドイッチパーラー楽楽」と、川越名物のさつまいもを使ったスイーツ専門店「蜜いも窯出しほくほく」の合計3店舗を経営しています。

パン作りへと進むきっかけとなったのは材料である「国産小麦」そのものだそう。 『安心できる材料を使い、楽しく作って楽しくお客さんに食べてもらいたい』という上野さんに、これまでのこと、ご自身が目指してきたお店作りについて詳しく伺いました。

上野岳也(うえのたかや)さん

埼玉県川越市出身。戸建の注文建築の営業や国産野菜のバイヤーなどを経て、2006年に国産小麦・自家製酵母・無添加にこだわった自身の店「ベーカリー楽楽」をオープン。2016年サンドイッチ専門店「サンドイッチパーラー楽楽」、2018年さつまいもスイーツ専門店「蜜いも窯出しほくほく」をオープン。計3店舗を経営する。

国産小麦と” 地産地消”をモットーにした商品作り

――ショーケースを中心にたくさんのパンが並んでいますね!何種類くらいあるのでしょう。

パンはだいたい50種類ほど、向かいのお店「サンドイッチパーラー楽楽」ではサンドイッチを20種ほど出しています。 大きな商品改定は季節に合わせて年4回。月ごとで多少変えることもありますね。

▲北海道産キタノカオリをベースに、自家製ライ麦酵母で18時間発酵させる「プレミアム食パン」。完売必至のため予約必須の商品

どのパンも北海道小麦の繊細な味わい、豊かな風味が生きるようにと考えてつくっています。酵母はライ麦から起こした自家製のルヴァン・リキッド。オープン時からかけつぎして使っています。

カレーやカスタードクリームといったフィリングもイチから手作り。合成保存料や合成乳化材などは使用していないので、お客様には購入当日から翌日までには食べていただくようお伝えしています。

▲「お味噌のパン」は北海道産小麦と餅粉をブレンドした生地に埼玉の秩父味噌を練り込み、さらに味噌風味のクッキー生地をかけて焼く

――人気No.1商品の「お味噌のパン」のほか、サンドイッチでは「ガパオサンド」やタイのシラチャ―ソースを使ったものなど、変わったパンも多いですね。

レストランやお店などで食べた料理を「パンやサンドイッチにできないか」とよく考えるんですよね。これはいける!と思ったらすぐ商品にしてしまいます。

サンドイッチは、以前はベーカリーの一角に置いていました。そのうちにパンだけでなく、さまざまな具材とのコラボレーションもお客様に楽しんで欲しいなと思うようになり、新たにサンドイッチパーラーを作ったんです。

「パン屋が作るサンドイッチ」にこだわりたかったので、具材に合わせてパンも作り分けています。 シンプルなパンから、ほうれん草、ゴマ、ライ麦入りなど9種類ほど。大変ですけど、選ぶ楽しみがたくさんあった方が喜んでもらえるんじゃないかと思っています。

▲ベーカリーの向かいに建つ「サンドイッチパーラー楽楽」

営業マンからバイヤー、そしてパン屋店主へ転身。きっかけは「国産小麦」

―――上野さんは「国産小麦」がきっかけでパン作りに興味を持ったとお聞きしました。どういった経緯なのでしょう。

もともとは営業マンとして、戸建の注文建築を扱う企業などで働いていました。パン作りを始めるきっかけとなったのは、転職して国産野菜のバイヤーをしていた時です。 農家さんとスーパーやレストランの担当者とつなぎ、減農薬や有機野菜を産地直送で卸す仕事ですね。 こちらを通じて国産の農産物に興味を持ち、日本でも小麦を栽培しているところがあると知りました。

10数年前の当時、国産小麦は生産量も少なく、それほど普及されていませんでした。私も小麦について「国産」「外国産」とわけて考えたことがなかった。せっかく国内で作られる小麦があるのに知られていないなんてもったいないですよね。 それなら、国産小麦を使ってパン屋をやってみるのもいいんじゃないかと思いついたんです。その思いつきが、業界に飛び込むきっかけになりました。

――小麦というとケーキやうどんなどもありますが、なぜ「パン」だったのでしょう。

今でこそパンはイベントが開かれるくらい人気ですが、以前はお菓子ばかりが注目されていて、パンはそれほどでもなかったんです。まったく未経験の私にとっては、逆に良いと思いました。途中参戦になるのに、成熟しきっている業界で勝負するのはビジネスとして難しいかもしれないと。

――これから伸びる業界の方がいいんじゃないかと思ったんですね。

そうですね。もともとパンが好きだったし、やってみようと決心するまでに時間はかかりませんでした。パン店って入りやすくて、いい意味で「敷居が低い」ですよね。作るなら、小さいお子さんからご年配の方まで気軽に入ってもらえるような、地元のお客さんに身近なお店をやりたいと。だから添加物を使わず、誰でも安心して食べられる材料を使って美味しいパンを作ろうと思ったんです。

――パンについてはどこかで修業されたり、学ばれたりはしたのですか?

いいえ、ほとんどないです。別の仕事で働きながら独学で徐々に覚えていきました。地元の知り合いのパン屋さんに時々教えてもらったり、東京に行って気になるパン屋さんに飛び込み、教わったりしたこともあります。 「ベーカリー楽楽」をオープンするまでは3年ほどかかりましたね。

――独学でパン店を開業するって、挑戦するのにも相当な勇気が要ると思います。苦労も多かったのではないでしょうか。

パン作り自体はやったことがなかったので、ものすごく苦労しました。思い通りにパンが焼けず、原因を調べるのにひとつひとつ時間がかかる。わからないことを解決したいのになかなか前に進めないもどかしさが常にありました。「こんなパンを作りたい」と思い浮かべていても、理想になかなかたどり着けなかったです。

例えばうちの店の名物「お味噌パン」は、クッキー生地だけでなくパン生地にも味噌を練り込んでいます。地元の味噌なのでたくさん入れたいと思っていたのですが、酵素が強く生地への影響が変わってくるので多くは入れられません。何度もなんども作って、やっとちょうどいい配合ができあがったんです。

試行錯誤をする中で将来への不安はありましたが、「食べていくくらいはなんとでもなる」と信じて続けてきたことが今につながっていると思います。

▲季節を意識し、その時の旬のものを使ったパンを出している

夫婦で役割分担、二人三脚の店作り

――お店では奥様も働かれていると聞きました。仕事はどのように分担されているのでしょう。

私がおもに製造と経営面を、妻はスタッフ管理などの人事労務と、イベント企画やSNS発信などをしています。 商品開発は基本的に夫婦ふたりで行っています。妻が「こういうパンはどうだろう」と口頭や絵でアイデアを伝えてきて、それを私が形にしていくことも多いですね。

▲製造と経営面を担う岳也さんと、人事労務やイベント企画などを担当する奥様の祐子さん

――楽楽さんには得意なことを担当し合って一緒に作った商品がたくさん並んでいるんですね。開店から13年経ち、スタッフさんの数も増えたのでしょうか。

そうですね。オープン当時は5名ほどだったスタッフも、今は3店舗合わせて25名ほどになりました。今ではスタッフと一緒に定期的に食材の展示会に参加したり、研修旅行として北海道の小麦農家さんに伺ったりすることもあります。これまで知らなかった素材に出会えたり、自分たちが普段扱う小麦がどう育つのかを間近で見られたり…。新たな刺激を受けて、みんなが楽しく創作意欲をもって働ければ良いと思っています。

――お店の外で学べる機会を作られているんですね。どのような勤務体制なのですか?

毎週2日は必ず休みを取ってもらうようにしています。 出勤は6時で、営業時間は平日8時開店、土日祝は7時半開店で、毎日17時までです。 パン店の勤務は体力勝負で、拘束時間も長くなってしまいがち。うちは他のパン店より勤務時間は短いとは思いますが、今後はスタッフがもう少し働きやすい環境を整えたいと考えています。

――最後に、今後のお店作りについて聞かせていただけますか?

▲サンドイッチパーラーの並びに建つ、さつまいもスイーツ専門店「蜜いも窯出しほくほく」

昨年オープンした「蜜いも窯出しほくほく」を含め、それぞれこだわりの詰まった3店舗を、お客様に楽しく買い物してまわっていただけるようにしたいですね。 この店も「パン店ならではの窯」と「川越名物のさつまいも」組み合わせ、できたて・焼きたてをダイレクトに味わえるスイーツを作れたら…と考えたお店です。

お店の名前「楽楽」も、『私たちが楽しく作って、楽しくお客さんに食べてもらおう』と願って付けたもの。そのコンセプトがブレないよう、これからもお客様に親しんでもらえるお店作りを続けていきたいです。

◆ベーカリー楽楽

住所:埼玉県川越市元町2-10-13
営業時間:平日8:00~17:00、土日祝7:30~17:00 (売切れ次第閉店)
定休日:不定休
URL:公式HP 

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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