オーナーインタビュー:菓子工房らふれーず 岩本定久さん

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芸術家・岡本太郎の代表作の1つ「太陽の塔」が街のシンボルとなっている大阪府吹田市。ここに、『らふれーず』という洋菓子店があります。

約26年前にオープンし、当時は珍しかったシュークリーム専門店を作ったり、憩いの場となるカフェを併設したり。場所を変え、品を変えながら地域住民の声に応えてきたこのお店は、今や吹田市に欠かせない存在です。

▲阪急千里山駅前にある『らふれーず千里山店』は、30坪ほどの奥行ある店内に15~20席のカフェスペースを確保。「駅前のケーキ屋さんで待ち合わせね」と気軽に出入りできる憩いの場として地元に馴染んでいる。

その『らふれーず』を開業し、現在3店舗を営むオーナー・岩本定久さんは今、業務のほとんどを店のパティシエに任せているそう。6店舗の洋菓子店で修行し、約45年のキャリアを重ねてきた岩本オーナーが考える「経営者としての役割」、そして「若手に求めること」をお聞きしました。

経営者の仕事=聞く。変える。整える。

「私はもう、ほとんど現場には立っていません。64歳の僕より若いスタッフのほうがキレイにケーキを仕上げるし、体力があって動きも早いんですよね。若手に任せたほうが絶対に効率がいいと思っています。お菓子作りはみんなに託して、僕は経営者である僕にしかできない仕事をするようにしています」

――経営者としての仕事とは、具体的にどんなことですか?
「スタッフが働きやすくなるように環境を整えること。たとえば機材や器具が古くなってきたら買い替えたり、スタッフ同士の相性が少し悪いな…と感じたら配置替えをしたり。大きい工房のある豊津店は、お菓子作りに没頭できる環境として。一方千里山店は、工房は小さいけれどカフェ中心の造りになっていて、お客さんと直接ふれ合える。色々な経験を積む意味でも1年ごとに店舗を移ってもらっていますが、あくまで一人ひとりの適材適所を考えています」

▲「お客さんの要望に出来る限り応える」と岩本オーナー。注文のアイシングクッキーを熱心に製作するパティシエの姿に、店内にいた子供たちも目を輝かせる。

――適材適所やスタッフ同士の相性はどのように見極めていますか?
「コミュニケーションに尽きるかな。現場を覗いたときに浮かない顔をしていたり、声が暗かったりすると『ちょっと食事に行こうか』と誘って話を聞いてみる。すると、ぽつりぽつりとですが今の悩みを話してくれるんです。話をふまえて、『じゃあ、この子が働きやすくなるようにはどうしたらいいか』って」

▲彼女は今春入社の新人パティシエ。落ち着いた雰囲気の千里山店で、まずはお客さんとふれ合いながらじっくりと仕事を覚えていく。

お客さんの声と同じく、スタッフの声も大事に。聞くに終わらず、しっかりと対処することで「オーナーに言えば悩みが解消される、なんとかなる」と信頼を積み重ねてきたのかもしれません。

身の周りの環境が目に見えて改善されると、働き手は大切にされていると感じ、パフォーマンスが上がります。岩本オーナーは日々のコミュニケーションと実行を『経営者の仕事』として考え、パティシエが活き活きと働ける環境作りに注力しているそうです。

技術向上は自主的に。好きなことを頑張ればいい。

――パティシエの製菓技術の向上で取り組んでいることはありますか?
「僕が直接、技術指導する機会はほとんどありません。試作にアドバイスをすることはありますが、あれこれと口出しせず、店舗にいるチーフに任せています。自分たちで考えて仕事を進めることで、自信もつくはず。それから、知り合いのシェフに店に来てもらって、技術講習を受けられる機会を設けています。僕が町場のパティスリーでしか経験がなくて困ったこともあるので、ホテルメイドのお菓子についてもぜひ知っておいてほしいと思って」

――スタッフに対して求めることや、こうなってほしいといった希望はありますか?
「若い内から明確に将来設計できている人なんて、いますかね?自分の修行時代を振り返ってもそんな大きなことは考えてなかったし、考えてなくてもいいんです。自分は何が得意で、何が不得意で…なんて、まだ分からないでしょう。それよりも“今”やってみたいことや好きなこと、仕事の中で生まれた“興味”を大切にしてほしい。たとえばアメ細工をやってみたいなら、もちろんやっていい。『コンテストに出たい』もOK。でも『出ない』もOK。どれも正解です」

遠い未来の目標や夢は、もちろん大事。しかし目の前のことを丁寧に、確実に、興味を持って取り組むことで、見えてくるものがあるはず。一人ひとりの興味・関心のタネを育てたいと話す岩本オーナーからは、経営者でもあり父親のような一面も感じられました。

『らふれーず』を“卒業”させることも役割のひとつ

――岩本オーナーはスタッフに、今すぐでなくとも、働いている中で自分の将来像を描いてもらいたいんですね。
「うちで働いた先に、独立をしたいと思ったらもちろん応援しますよ。過去には、もう1店舗あった『らふれーず』をフランチャイズでお店ごと譲ったこともあります。アメ細工をもっと極めたいという子がいたら、めいっぱいできる別の職場を紹介しますし。もちろん誰か抜ける分、自分の店の人手が足りなくなるんですけどね(笑)。でもその子が頑張れる環境だったら、喜んで送り出します。抜けた穴を埋めるのは、経営者が考えるべきことですから」

自店でだけでなく、スタッフがその先の“道”をしっかりと歩んでいけるようにしている岩本オーナー。別の職場へ移った人とも、未だに良い関係性を築けているそうです。「退職」というより「卒業」に近い形で、25年もの間に何人ものパティシエが巣立っていったとのこと。

▲突然の撮影に快く応じてくれたパティシエたち。全店舗合わせても、9割が女性だそう。カメラに向けられた自然な笑顔から、職場の雰囲気がよく伝わる。

――岩本オーナーは現在64歳ですが、これからの目標はありますか?
「スタッフ全員のレベルを底上げしたい。お客さんが求めるお菓子を考えて生み出せるように、技術講習会などにはどんどん行ってもらって、他の店の味や発想に触れてほしい。その機会と時間を作るのも僕の仕事です。町場の洋菓子店だからこそのシンプルな思考でお店をやっていきたいと思っています。あと、僕ももういい年なので、できれば誰かにお店を受け継いでほしいな(笑)」

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取材後記

「目標がないと続かないよ」
「やりたいことを見つけなさい」

学生時代に進路を決める時にも、社会で働き始めてからも、『自分の夢や目標』は常に問われがちです。ただ、そう問われてハッキリと答えられる人もいれば、答えられない人もいると思います。私はどちらかと言えば後者です。

自分の将来はどうなるんだろう?どうしたいんだろう?

決められない自分は、ダメな人間なんじゃないか。と思うこともあります。そんな中で聞けた岩本オーナーの『人それぞれの価値観や大切にすればいい』という考えは、とても安心感があり、尊敬できるものでした。受け入れること、受け入れられること。お互いに認め合うことの大切さを感じた取材になりました。

written by

あかざしょうこ

1984年生まれ。PATISSIENTの編集ライター。
「人生の教科書は人」をモットーに、聞いたり書いたりしています。「らふれーず」さんに向かう途中、電車から関西大学が見えました。桜の時期だったので、電車から見える風景に、仕事を忘れてしまうところでした(笑)。

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