「お取り寄せ日本一」に選ばれた究極の熟成チーズケーキ。人見知りを克服して独立した、あるパティシエのストーリー

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大阪に「お取り寄せ日本一」に輝いたチーズケーキを焼くお店があります。それが、鴫野(しぎの)という住宅地にある「パティスリートルクーヘン」。

ベイクドタイプの「クリーミーでコクのある食感」とレアタイプの「すっと溶けていく食感と後味」、ふたつのいいところを併せ持つ独特なチーズケーキが、「おいしくて新食感」だと好評なのです。

▲看板商品の「プレミアム・ケーゼ・トルテ」(4号/税込5,830円)

さらに、チーズケーキのみならず、桃が丸ごと乗ったパフェやピスタチオのかき氷など、フルーツを大胆に使ったさまざまな店内イートイン限定商品も大人気。10時間待ちになったことがあるから驚きです。(現在は整理券制度があるため、店頭での待ち時間はなくなっています)

▲いちごとピスタチオのフラワーパフェ(12月初旬より販売開始)。クリスマスと同じぐらい、夏も多くのお客様にお越しいただくという、珍しい洋菓子店だ。(画像提供:パティスリートルクーヘン)

これらのチーズケーキやパフェをつくったのは、シェフを務める岡本圭司さん。日本の製菓学校には通わず、ドイツのパティスリーでの飛び込み修行の経験を活かし、すべてのケーキに関してほぼ独学で開発しています。

岡本さんがお菓子づくりをはじめたのは、大学生のころ。ドイツのサッカーや文化に魅せられ、自分の環境を大きく変えたいと思い、ドイツへ旅立ったことがきっかけだそうです。お菓子との出会いは、岡本さんの人生をどう変えたのでしょうか。ご本人に、詳しくお訊きしました。

岡本圭司(おかもと けいじ)さん

1987年生。和歌山県和歌山市出身。
関西外国語大学英米語学科在学中にワーキングホリデーを利用して、ドイツのハイデルベルクにある語学学校に短期留学。ドイツで製菓に目覚め、100年以上の歴史を誇る製菓の銘店「シュトローハウザーバックスツゥーベ」にて修行。帰国後は商社へ就職。会社勤めをしながら、2010年にチーズケーキの通信販売店「パティスリートルクーヘン」を開業し、好調とともに製菓が専業となる。2014年に大阪市城東区に同名の店舗をオープン。2016年、日本最大級のお取り寄せ情報サイト「おとりよせネット」の洋菓子・スイーツ部門で第1位に輝く。

「くちどけ」のよさを追求。独自に開発したチーズケーキ

――パティスリートルクーヘンのチーズケーキ「ケーゼ・トルテ」は「お取り寄せ日本一」に輝くほどの好評を博していますが、どういった点にこだわってつくっていますか。
「くちどけ」と「素材」ですね。口に入れて、はじめは濃厚に感じても、最後はほわっと、あっさり舌の上で消えてゆく、溶けてゆくような食感。味だけではなく、とにかくこの食感にはこだわり抜きました。

――おっしゃるとおり、口に入れたときにまろやかに溶けていく感覚がとても心地よかったです。あと酸味が非常に爽やかですね。コツはどこにあるのでしょう。
焼きあげたあと、熟成させるのがポイントです。できたてのケーキもおいしいのですが、私のつくるチーズケーキは、すぐにはお出ししません。酸味と甘みのバランスがちょうどよくなるまで10℃以下でキープしつつ、48時間寝かせます。

▲スタッフは10名在籍。チーズケーキを焼くには、独自の社内資格「チーズケーキマイスター」を取得してもらうなど、品質管理も徹底している。

――岡本さんはドイツの名店で修行をされたそうですが、これはドイツで学ばれた製法でしょうか?
いいえ。ドイツは乳製品の質が高く、チーズケーキもとてもおいしかったです。そんなドイツで学んだ基礎は活かしながらも、この手法は私のオリジナルなんです。この「くちどけ」のよさは、日本のみならず海外のチーズケーキにもないものだと自負しています。

「人見知り」が激しかった思春期。自分を変えたかった

――画期的なチーズケーキを生みだされた岡本さんが、初めてお菓子に関心をいだかれたのはいつですか。
幼稚園児の頃ですね。甘いものが好きで、文集に「将来はケーキ屋さんになりたい」と書いていたほどです。ただ当時は漠然と夢を見ていただけで、実際に菓子職人になるために行動をはじめたのは大学生の頃からなんです。

――幼い頃は、どんなお子さんでしたか?
運動もするのもゲームをするのも好きで、勉強は少しできるかな?ぐらいの、活発な少年だったと思います。「真面目な子だ」というふうに見られることが多く、学級委員によく推薦されました。

▲「優等生にみられちゃうんですよね(笑)」と岡本さん。取材中も終始朗らかな笑顔が印象的。

――確かに、岡本さんからはとても真面目な印象を受けます。ホームページによると、真面目さゆえに、思春期には想い悩むことも多かったようですね。
恥ずかしがり屋で、中学・高校へと進むにしたがって他の人とのコミュニケーションがうまくとれなくなり、人見知りが激しくなりました。クラブにも入らず、授業が終わるとすぐ家へ帰っていました。思春期は誰しも他人からの評価を気にする傾向にあると思うのですが、それがちょっと強くなりすぎたんでしょうね。悩み事をクラスメイトに打ち明けることもできず、自分でインターネットで調べて、カウンセラーの先生に相談したこともありました。「色んな人と関わりたい」「自分を変えたい」。ずっとそう思っていました。

サッカーをきっかけに、ドイツに興味を持った

――「自分を変えたい」と考えていた岡本さんに、そのチャンスは訪れたのでしょうか。
ありました。私にとってそれはサッカーでした。テレビでサッカーの試合を観るのが好きだったんです。ある日、ドイツサッカー(ブンデスリーガ)の放送を観ていたら、アナウンサーの方が実況する言葉のなかにドイツの文化などさまざまな知識を巧みに織り込んでいて、とても面白く聴けたんです。その試合中継をきっかけに、ドイツという国に興味を持ちました。「いつかドイツへ渡りたい」という将来への目標が生まれ、前向きになる気持ちが芽生えたと思います。

――それはずいぶん大きな心境の変化ですね。大学ではどのように過ごされましたか?
海外に関心をもったことから、関西外国語大学に進学しました。大学では、人見知りを克服するために「国際親善部」に入り、副部長をつとめました。外国人の方に日本を知ってもらうための交流会を開くなどして積極的に人と関わるよう努め、次第に社交的な性格に変わっていったと思います。

――社交的な性格になっていったのですね。実際にドイツへ旅立たれたのは、いつですか?
初めてのドイツは、大学3回生の夏に短期留学で行きました。そこで、やはり「ドイツに長い間住んでみたい」という気持ちが芽生え、大学卒業後には長期でドイツへ行く決意をしました。現地では、ドイツ語を学びながら、今までにしたことないこと(幼稚園の先生のボランティアなど)に積極的に挑戦してきました。

友人の置き土産だった製菓器具。それがお菓子づくりの第一歩

――ご自身でお菓子をつくるようになったきっかけは、なんだったのでしょうか?
ドイツで知りあった日本人の友人が、お菓子づくりが好きだったんです。その友人が帰国するとき、製菓器具をいろいろと譲ってくれました。「この道具を使って自分でもお菓子をつくってみよう」と考えたんです。

――まず器具との出会いがきっかけだったとはユニークですね。それまでどなたかにお菓子づくりを教わった経験はあったのでしょうか。
なかったです。興味本位だったし、もちろん自己流でした。そして、ケーキ作りはとても楽しかったんです。チーズケーキ、ガトーショコラ、パウンドケーキ、日本風のショートケーキ、ひと通りなんでも作ってみました。

▲チーズケーキを中心に、モンブランやショートケーキなどもショーケースに並ぶ。

――自己流でつくってみて、いかがでしたか?
始めは散々でしたが、日々試行錯誤を繰り返し、美味しさを追求していました。その中で、友人たちやドイツの人たちにも食べてもらうと、彼らが「おいしい」と言ってくれたんです。その反応を見て「お菓子ってこんなに喜んでもらえるんだ」という驚きがありました。現地の人と、おいしいものをつくることで会話が生まれたのにも感動しました。

――なるほど。お菓子づくりによって喜びが生まれたのですね。そのまま独学を続けられたのですか?
いえ、ドイツのお菓子屋さんで修行してみたいと考え、ドイツ全国のケーキ屋さんを10店舗以上、飛び込みで修行させてくれないかと周りました。そして100年以上の歴史がある「シュトローハウザーバックスツゥーベ」に飛び込み、修行させていただくことになったんです。ここでお菓子づくりの基礎と、さまざまな伝統菓子に触れました。何より、これまで自分が歩んできた道で、なにかひとつのことに情熱を注いだ経験がなかったので、自信につながったと思います。

理想のチーズケーキを目指し、3年もの試行錯誤

――日本に帰国して、そのまま菓子職人の道へ進まれたのですか?
いえ、実は帰国後は、商社に入社したんです。お菓子で誰かに喜んでもらう経験は、自分を変える大きなきっかけだったのだと思います。留学前はうまくいかなかった就職活動が、帰国後は自信をもってアピールできるようになり、うまくいくようになりました。それからは会社員をしながら、趣味のようにお菓子をつくっていて「洋菓子店を開こう」なんて考えはなかったです。

――そこからなぜ洋菓子店を開くまでに至ったのでしょう。
きっかけは、おつきあいをしている大切な女性の存在。彼女の誕生日にチーズケーキを焼いたら、残念ながらおいしいとは言ってくれなかったんです。それが「チーズケーキを極めよう」と思った動機です。彼女が「おいしい」と言ってくれるチーズケーキを目標にしました。

――ご自身が納得がいくチーズケーキになるまで、どれくらいの歳月がかかりましたか?
試行錯誤を繰り返し、3年かかりました。彼女は途中でおいしいと言ってくれてはいたのですが、いろいろなお店のチーズケーキを食べ比べているうちに、チーズケーキにも個性があることを知りました。私がさらなる完璧を目指したのと、誰も食べたことがないチーズケーキをつくってみたい。そんな欲求が出てきて、それくらい長くかかったんです。そうしてさまざまな素材を試すうちにクリーミーでコクが深い北海道産のナチュラルクリームチーズや良質な卵と出会い、理想のチーズケーキへたどり着くことができました。砂糖も「てんさい糖」や「きび糖」を使い、ナチュラルな甘みに仕上げています。

▲プレミアム・ケーゼ・トルテは1ピース864円(税込)。相場よりも高い価格ながらも、閉店する頃にはしっかりと売り切れる。

――3年もの試行錯誤の期間があったそうですが、どのあたりが難しかったですか?
難しかったのは、「誰もまだ食べたことがない新しい味」であり、それでいて「お子様からご年輩の方まで、誰もが満足できる味」であること、このふたつをバランスよくひとつのケーキで実現させることが難しかったです。私だけがおいしいと思っても仕方がない。作り手のエゴを食べる人に押しつけても意味がないので。

お菓子づくりで得た教訓は「まずやってみる」

――試行錯誤の末にできあがった熟成チーズケーキは、今はお店に欠かせない商品ですよね。
はじめは商品にするつもりではなかったんですけどね。知人にプレゼントしたり、チーズケーキを食べてもらう小さなイベントを開いたりするうちに、予想以上の好評を得まして。「こんなに喜んでもらえる人がいるんだな。もっと多くの人に食べてもらうにはどうすればいいかな」と考えるうちに、通信販売を思いつきました。当時はまだ会社員だったので、レストランのキッチンをお借りして焼いていました。

――店舗経営ではなく、はじめは通信販売だったんですね。
そうなんです。しばらくは商社マンとチーズケーキの通販を並行してやっていました。ただ今後の人生を考えるうちに、自分を変えてくれたお菓子づくりで、チャレンジしてもいいんじゃないか。3年かけてつくったチーズケーキに人生を懸けてみよう、と決意し開業に踏み切ったんです。

▲駅から少し離れた住宅地にも関わらず、イートインスペースは常にお客さんで賑わう。

――お話をうかがい、越えなければならないハードルを逃げずにひとつひとつクリアしていかれた気がしました。
何事も、やってみないとわからない。とりあえず「やってみる」。実際に足を動かし、手を動かし、チャレンジすることで見えてくるものがある。それが、お菓子づくりをするなかで、私が得た教訓ですね。

店舗プロフィール

パティスリートルクーヘン
住所:大阪府大阪市城東区鴫野西1-14-4
営業時間:11:00〜19:00
定休日:水曜日(祝日や季節のイベント日の場合は変更の可能性あり)
HP:http://www.torkuchen.com/

取材後記

店名である「パティスリートルクーヘン」の“トル”には、ドイツ語で「ゴール」という意味があるのだそう。

「自分のケーキづくりには、これでゴールできたとは思いません。まだまだ研究を続けなければなりません。しかし、自分を変えたいという願いは達成できたのではないかと思い、店の名前にこの想いをこめました」。岡本さんは、そう言います。

岡本さんが焼く熟成チーズケーキは、思春期の繊細な感性と、ドイツの名門洋菓子店の扉を叩いた大胆さ、そのふたつが融合した人生の味だと感じました。

洋菓子の味には、パティシエの想いや生き方が表れているんだなと、改めてしみじみと感じた取材でした。

written by

吉村 智樹

おもに西日本の街・店・会社・行政・人を取材するライター。Web&紙。関西ローカル局で放送作家としても活動しています。@tomokiy

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