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世界で活躍する日本人パティシエール/フランス・ドイツ編


生きる場所を、海外に選ぶ。

それは、とても勇気のいることかもしれません。まず言葉の壁は絶対にあるし、気軽に会えていた家族も友人も、海をへだてるだけで遠い存在に感じてしまいます。見知らぬ土地で、本当に幸せを見つけられるのか?

今回ご紹介するおふたりにも、もしかしたらそんな迷いがあったかもしれません。それでも、働く場所を日本以外に選び、自分の居場所を見つけています。海外では、どんな働き方をしているんでしょうか。現在フランス、ドイツで働く日本人パティシエールにそれぞれお聞きしました。

フランス・パリで友人とパティスリーを共同経営する 作家由希子(さっかゆきこ)さん

何か手に職をつけたい。そんな想いで、短大を卒業してすぐに渡仏。フランスでおよそ10年間でさまざまなお店で経験を積んだのち、2015年に「Patisserie NANAN(パティスリーナナン)」をオープンさせた作家由希子さん。彼女はもともと、独立志向はなかったそう。ではなぜ、自分のお店を持つことになったのでしょうか。心境の変化を、作家さんご本人に伺いました。

▲画像提供:平澤・シャトー絵美

雑用ばかり!ジレンマを抱えた修業時代

作家さんがパティシエとしてのキャリアをスタートしたのは、フランス。現地の製菓学校で7ヶ月の授業を経て、研修先として働いたのはパリの高級ホテル「プラザ・アテネ」のパティスリーセクションでした。

「初めての職場は、見るものすべてが新鮮で感動! でも実際、研修生の私に与えられる仕事は、厨房の掃除や洗い物といった雑用ばかり。早く色々なお菓子を作りたいのに、それが出来なくて悔しい。と同時に、自分の経験の無さも身に沁みて感じていました」

たった5ヶ月間の研修だからこそ、一刻も早く技術を覚えたい。でも今の自分には任せられるだけの実力も経験もない。焦りと劣等感を抱える作家さんでしたが、間近で見るシェフパティシエの華麗で丁寧な仕事ぶりが彼女のモチベーションとなっていたそうです。

「『こんな風になりたい、絶対になる!』と自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせていました。そのシェフからは『どんな仕事でもトップレベルを目指せ』と教わりました」

研修後はパティスリー「アルノー・デルモンテル」で1年。チョコレートに魅せられて通いつめた有名ブティック「ジェラール・ミュロ」で5年半。より一流に触れたいと考え、ミシュランの三ツ星レストラン「ピエール・ガニエール」でレストランパティシエールとして働き、1年半の経験を積みます。

▲画像提供:作家由希子「ピエール・ガニエール時代のパティシエたちと」

レストラン勤務を通じて、ブティックで使ったことのない素材の味を引き出すバランス、調理法と同時に、オーナーシェフと過ごすことで「お店をつくること」についても考えるきっかけになったそう。

「色々なお店で働いてきましたが、時には理不尽に怒鳴られたり、納得いかない想いをすることも多くありましたね。ですがその分、任された時の喜びも大きい。毎日同じことを繰り返していく中で、技術面でも精神面でも、学ぶことはたくさんありました」

渡仏後10年、友人とともにパティスリーをオープン

渡仏してから10年、「自分の好きなお店」を基準に働いてきた作家さん。

「働きたい職場で、ひたすら仕事をしてきました。でも、次に働いてみたいと思えるお店が見つからなかったんです。色々なお店のお菓子と感性に触れるうちに、これからは『パティシエールとして長く仕事ができる場所を作りたい』『自分がお客さんの立場で”食べたい”と思うお菓子のクリエーションをしたい』と気持ちが変わっていました」

決意後はアルバイトをしながら開業準備。元同僚であり友人のソフィーさんとともに、庶民的な空気が残るパリ11区に「Patisserie NANAN(パティスリーナナン)」をオープンさせました。

▲画像提供:平澤・シャトー絵美

「オープンして3年が経ち、最初は少なかったお客さんも今では常連がつき、地域に根付いたお店になってきました」

今はパティシエールであると同時に経営者。自分たちの求める理想を大切に、「お客様は何を求めているか」を考えながら試行錯誤を続けています。

▲画像提供:平澤・シャトー絵美

写真:Webサイト「パリと私の物語」より借用させていただきました
https://www.paris-monogatari.com/

異国の地、ドイツ・ベルリンのカフェでケーキ作りを一手に受ける油田美里(あぶらだみさと)さん

ドイツの首都・ベルリンに数カ所ある人気ベーカリー「Schiller Backstube(シラー・バックシュトゥーベ)」。こちらでケーキ作りを一手に引き受けているのが、日本人パティシエール、油田美里さんです。
23歳、東京のカフェで働いていた油田さんが、なぜベルリンで働くことになったのか。その理由と、ベルリンでの働き方をお聞きしました。

▲画像提供:油田美里

食べ歩きが趣味。3ヶ月間、ヨーロッパへケーキの旅に

東京のカフェで働きだしてから5年が経つ頃、3カ月にわたりヨーロッパを旅しながら毎日ケーキを食べ歩いた油田さん。そのときに出会ったのがベルリンのケーキです。

「これが全然おいしくなかった (笑)。なのにみんなおいしいと言って食べている。『私ならもっとうまく作れるのに』って」

そうした想いが油田さんにベルリンで働くイメージを持たせたそう。

▲画像提供:油田美里「ファンキーな土地柄が出ている『Schiller Backstube』」

その後ベルリンのパン屋さんやカフェなどで働き、今の職場「Schiller Backstube」で働くことになります。ドイツの菓子というとアップルケーキやナッツケーキといったどっしりしたものが定番ですが、油田さんが作るのはこれまでの経験を活かした日本のケーキやタルトが中心。これがベルリンの若者の心をつかみました。

「支店2店舗分のケーキ作りに、併設されたカフェレストランのデザート、日曜限定のブランチビュッフェのデザート作りなどをすべてひとりで引き受けています。忙しいですが充実しています!」

仕事でもプライベートでもケーキを作る!油田さんのスケジュール

▲画像提供:油田美里

カフェには毎朝9時に出勤。その日のケーキを同時進行で効率よく進めて仕上げていきます。

「現在手掛けているのは生ケーキ7~8種類、タルト系7~8種類。あとはシューやエクレア、ミニタルトなど。最初はパン職人と共同の作業場でしたが、その後パティシエ専用部屋ができたので広くなり、作る種類も増えました」

最近ではベルリンでもグルテンフリーやヴィーガンのお客さんが増えているそう。ニーズに応えるお菓子を考えるのも油田さんの仕事です。その他、翌日の仕込みや配送手配を行い、8時間か9時間働いて1日の仕事を終えるようにしています。毎日ではなく、週4日の勤務です。

▲画像提供:油田美里

1週間のうち残りの3日は、”プライベート”としてケーキ作りの時間に充てています。その中には、油田さん個人に直接注文が来るデコレーションケーキも含まれるそう。

「ベルリンには、日本で見かけるような一般的なデコレーションケーキがほとんど売っていないんですよね」

見た目もかわいくておいしい、そんなケーキが記念日に食べられたら。友人の願いから始まったケーキ作りは口コミ効果で徐々に広まり、今では週に1度のペースで注文が来るそう。

「こんな時はせっかくなので、了承を得たうえで『作ってみたい』という新しいケーキに挑戦する機会にさせてもらっています」

日本で育てた感性を活かして、異国の地・ベルリンで着々と日本のお菓子文化を浸透させている油田さん。美味しいお菓子が好きなのは、万国共通であることを日々感じながら今日もケーキ作りに明け暮れます。

最後に

「自分が好きなお店で働きたい」という想いから、最終的に独立を選んだ作家さん。従業員としてお客様や店舗からのニーズに応えつつ、日本のお菓子文化をベルリンに広める油田さん。ふたりが生きる場所を海外に選び、自分らしい働き方を見つけたのも、自分の気持ちに正直に突き進んできた結果なのかもしれません。

「お菓子が好き」という想いから自由に考えてみれば、生きる道は色々と広がっていくのだと感じたインタビューになりました。

パティシエントは今後も、パティシエとして生きる皆さんのストーリーをご紹介していきたいと思います!

Patisserie NANAN(パティスリーナナン)
公式Facebookページ

Schiller Backstube(シラー・バックシュトゥーベ)
公式Facebookページ

この記事の筆者

パティシエント編集部

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