パリで一つ星を獲得したパティシエが選んだ、鹿児島の山中での洋菓子店経営の道

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今回は、東京での修行時代を経て、シンガポール、フランスと海外へ飛び出して経験を積んだ後、故郷鹿児島でお店を開いたパティシエの深野浩伸(ふかのひろのぶ)さんをご紹介します。

深野さんが経営しているのは、霧島の山々を見渡す大自然の中にある、パティスリー「À LA MINUTE(ア・ラミニッツ)」。2017年のオープン以来、地元食材を活かして作ったスイーツが口コミでじわじわと人気になり、連日たくさんのお客さんが訪れています。

▲お店裏手からは霧島の山々がひらけている

▲鹿児島・霧島産の青柚子とフランス産いちごのマカロン

パリのレストランでミシュラン一つ星を獲得した経歴をもつ深野さん。華々しい活躍をしながらも一つ所に留まることなく「新しいことにチャレンジするのが楽しい」と話されます。
海外でのパティシエ生活、そして地元鹿児島でお店を開くまで…深野さんが今に至るまでどのような道をたどってきたのか、お話を伺いました。

深野浩伸さん(ふかのひろのぶ)さん

鹿児島県鹿屋市出身。
辻製菓専門学校で学んだ後、東京でホテル、パティスリー、パン屋などに勤務。シェフパティシエを務めたフランスのレストラン「sola」はミシュラン一つ星を獲得。2017年鹿児島県霧島市に「À LA MINUTE(ア・ラミニッツ)」をオープン。


――深野さんはいつパティシエになろうと思ったのですか?

元々は高校卒業後に地元でイタリアンの道に進んだのですが、甲殻類アレルギーでイタリアンの道を断念せざるを得なくなりました。
次の道を考えていた時に、姉が東京上陸して話題になっていたピエール・エルメに連れて行ってくれました。そこで食べたお菓子に衝撃を受け、この道を進むことを決めました。

――深野さんがそれほどの衝撃を受けたピエール・エルメのお菓子、気になります。どのような味だったのですか?

もうまるっきり違う角度から攻められたなと思う味でした。その時食べた一つが「イスパハン」というフランボワーズとライチにローズの香りを足したエレガントなガトーで、素材の組み合わせ方やバランスが天才的でした。約20年前の当時はオーソドックスなケーキ屋さんしか知らなかったので衝撃が大きかったです。「よし!お菓子の道へ進もう」と決断し、すぐに書類を取り寄せて次の年度から辻製菓専門学校に通いました。当時20歳でした。

▲ピエール・エルメの「イスパハン」をオマージュして深野さんが作ったドリンク「ティトン」。

――卒業後、東京のパティスリーやパン屋、ホテルなどで5年間働いた後にシンガポールへ行かれましたね。きっかけについて教えてください。

海外へ行くきっかけは、汐留で働いていた時の元同僚の誘いです。吉武広樹というシェフで、その時彼はシンガポールのレストランで働いており「デザートをやって欲しいから来てよ」と声をかけてくれました。

ちょうどその時、僕は東京でパティシエを続けることに活路を見いだせずにいました。結婚して家族がいましたが、お給料は決して高くはないし、まだ独立の道も見えていなくて。いっそのことパティシエを辞めて違うことをしようかとさえ思っていました。だから海外からの誘いは、不意に降ってきた新たなチャンスでしたね。

――シンガポールからの誘いは深野さんにとっての大きな転機になったのですね。すぐ行くと決断されたのですか?

実は最初は断ったんですよ。家族がいたので難しいかなと思って。でも奥さんが「行った方がいい」と言ってくれて、慌ててもう一度吉武に連絡しました。家族を日本に残して単身赴任することになったので、吉武がオーナーに掛け合ってくれてお給料も東京時代の2倍近くを頂けることになりました。すごくありがたかったですね。

――2倍近く!すごいですね。

交渉してくれた吉武に感謝しています。そうしてシンガポールで1年働いた後、吉武がフランス人オーナーから誘いを受けてパリでレストラン「sola」を共同経営することになりました。僕は経営には加わらなかったのですが、「sola」でパティシエを務めることになりフランスへ渡りました。

▲「sola」店内で。深野さんと吉武さん

彼は、自由に型にはまらず美味しいものを作る料理人で、「こうした方がいいかな」と思ったらすぐ取り組んでいました。行動力と実行力が桁外れですごかったですね。若いころに彼のような料理人と一緒に働けたことは僕にとっての財産です。

――このフランスのレストラン「sola」でミシュラン一つ星を獲得されていますね。一つ星を獲ったときはどのような気持ちでしたか?

吉武も僕も「フランスの人をびっくりさせたい」と考えていた野心家で、「ミシュランで一つ星を獲るぞ!」という意気込みでフランスに行きました。「どんな味が喜ばれるかな」と常に試行錯誤しながらお店をやっていて手ごたえを感じていたので、実際に一つ星を獲ったときにすごく驚いたわけではないですが、やはりすごく嬉しかったですね。

▲野心を抱いていた当時の気持ちを思い出して作った「アンビシャス」。深野さんのお菓子には、今までの人生での鮮やかな思い出が反映されている

――フランスで働いていて大変なことはありましたか?

パティシエとしての仕事面で大変さを感じることよりも、生活面で苦労を感じることが多かったです。家族同伴で行っていたのですが、息子の幼稚園や病院、あと役所の書類や手続きに苦戦しました。周りの人にすごく助けてもらいましたね。

逆に仕事はすごくシンプルです。フランスのお客さんはおいしかったらとにかく褒めてくれるし、おいしくなかったらめちゃくちゃに言われます。嘘をつかないんです。そして気に入ったものにはお金を出してくれます。パティシエとしてはすごく伸びる環境ですよね。まずいなんて言われたくないからもっと頑張ろうと思えます。

▲「sola」のシェフたちと

――日本との違いはどんな風に感じましたか?

海外では基礎から親切に教えてくれることはないので、そこは日本と違いますね。東京時代に学んだ基礎力が役立ちました。その反面、フランスでは日本よりも自分の裁量でできることが多かったです。
あと、給料面でも大きく違います。フランスでは毎月パティシエとオーナーが給料交渉をするんです。月1000ユーロももらえない人もいれば、1万ユーロ以上もらう人もいる。シビアだけど、評価されれば給料がぐんと上がるから夢がありますよね。

――フランスでは5年働いた後に日本に帰国されていますね。フランスを離れることに迷いはなかったのですか?

フランスでできることはやり尽くした感じがあったので迷いはありませんでした。帰国後は東京のホテル少し勤務したのですが、思い立って地元鹿児島に帰郷することを決めました。そして霧島で、両親が退職後に建てていた家を改装させてもらってこのお店を始めたんです。

▲店内の様子。入って右手にレジ、左手に販売スペース。

――レジ、接客、ドリンク作り、すべてひとりでされているんですね。

そうなんです。だから行列ができるとドキドキします。シフォンケーキやマカロンなどの商品は作っておいたものを販売していますが、シュークリームは注文を頂いてからクレムーを絞ります。風味、食感共にベストの状態でお渡しできるからです。

▲霧島産いちごに桜、フランボワーズ、ホワイトチョコレートを合わせたシャーベットドリンク。テラスでは買ったお菓子を食べられる

ドリンク類もその都度作っています。お店を始めた当初は接客しながら仕込みをする余裕がありましたが、ありがたいことにお客さんが増えてきて、今はほとんど同時進行できなくなってきました。なので前日の仕込み量を調整したり、設備投資をして一度に焼ける量を増やしたり、オペレーションを見直して効率よく働けるように、日々試行錯誤しています。

ただ、効率を考えつつもおいしさについては一切妥協したくありません。例えば、プラリネは自分で生の皮付きアーモンドとヘーゼルナッツを自分好みにローストするところからやっています。その方が絶対おいしいので。

▲「窪田農園」のパッションフルーツを使った夏限定メニュー「サンセット」

――霧島の食材を使ったメニューがたくさんありますよね。地元食材はどのように選んだのですか?

実はお店をオープンさせてから使うようになったものが多いです。お客さんとして来てくれた方が生産者だったり、知り合った人が紹介してくれたりしていろんな食材に出会いました。今使っている「窪田農園」のいちごは酸味と香りがあっておいしいし、お菓子にしたときに活きるんです。「窪田農園」の窪田君は、僕の好みをわかってくれていて合ったいちごを持ってきてくれます。

▲「窪田農園」の窪田さん。いちごやパッションフルーツを作っている。スイーツが好きで農作業の合間にア・ラミニッツに食べに来られるそう

▲ここのいちごは、マカロンやシュークリーム、ドリンクなどア・ラミニッツのメニューに欠かせない存在

――地元食材を使うと、業者から仕入れるのと比べてコスト面ではいかがでしょう?

業者からの仕入れでもある程度質が良くて霧島産より数倍安いものが手に入るので、正直コストはかかります。ただ、霧島産の食材は個性が強くて、それがスイーツにしたときに面白いです。また、地元食材を使うことで地元のいろんな方が応援してくれるようになりました。市のPRなどに取り上げていただく機会も増え、トータルで見るといい素材を使えて広告効果もあるのでコスト分は回収できていると思います。

▲霧島の山々。この青い湖は、火山の噴火でできたもの

――霧島の地でお店を経営するなかで、不便さを感じることはありますか?

不便さはないです。必要なものは通販で買えるし、街に行きたかったら休みの日に行けばいい。家賃も安いですし、むしろメリットしかありません。

霧島はリラックスできる空間がいっぱいあります。山道を散歩すれば頭がクリアになるし、お店が早く終わった日は温泉に入りに行きます。キッチンの窓からは緑が見えて、気持ちいい風が入ってくる。いい環境で働けるので忙しくても充実していると感じます。

ただ、お店に来てくれる人はここまで時間をかけて来てくれているので、売り切れや混雑には気を遣いますね。売り切れで欲しいものが買えないお客さんの顔を見ると、自分もたまらない気持ちになります。

――経営面で気を付けていることなどはありますか?

採算と手間のバランスを考えてメニューを決めることです。うちでは「シュークリーム」「シフォンケーキ」「ドリンク類」が柱です。採算と手間のバランスを考えて戦略を練ることは長くこの仕事を続けるうえで大切なことですが、学校や職場では教えてくれません。でも、これをしっかり考えないとパティシエとして働き続けることが難しくなってしまいます。「好きだからこの仕事ができればいい」という考えもあるかと思いますがそれだけで長く続けるのは大変です。

▲霧島産小麦を使ったシフォンケーキ。

――「好きなだけでは続けられない」「好きな仕事ができれば幸せ」この両方の気持ちを行ったり来たりしている人は多いですよね。

実は、働き方に悩んでいる若いパティシエの方から相談されることが多いです。頑張って何年も働いてもお給料は上がらないし、労働時間が長い、先が見えなくて悩んでいる人が多いように感じます。自分も海外に出る前は同じように悩んでいました。

パティシエとして数年働いても多くの人がまだ20代、だからこそ「ワーキングホリデービザを使って海外に出てみるのもいいんじゃない」と話すこともあります。単純に海外に出ればいいという話ではありませんが、チャンスのあるうちに海外を見ておくことはプラスになると思います。海外で働かないにしても、危機感を持って「どうしよう」と常に戦略を練ること、自分で道を切り開いていく力は大切です。

▲「赤い果実とクリームチーズのシュークリーム」。いちご、フランボワーズ、カシス、ブルーベリーを使い丁寧に炊き上げたコンフィチュールと濃厚なクリームチーズのバランスが絶妙。

――深野さんは自分で道を切り開いてくるにあたってどのようなことを意識されてきたのですか?

東京時代に人から聞いてすごく心に残っている言葉があって。「成功したかったら『実力』『戦略』『人間力』の3つ。これがうまいこといっていれば大抵成功する」です。なるほど!と思いました。今までこれらを意識して磨こうと思ったからこそ続けてこれたのかなと。実力がないとそもそもダメだし、戦略がないとお店を続けていけない、人間力がないと誰も助けてくれない。

フランスでは自分からコミュニケーションをとろうと働きかけたからこそ多くの人が助けてくれました。海外では自分から働きかけないと誰も気にかけてはくれません。また、戦略を練ってメニューを考えているからこそ今霧島でお店ができています。

もしこの記事を読んでくれている方がパティシエとしての今に悩んでいたら、この話を何かの参考にしてくれたら嬉しいなと思います。そして何よりも、ストレスを溜めないでやって欲しいなと思います。この仕事はすごく楽しいですから。

取材後記:

今回のインタビューを通して経営面でもしっかり戦略を練られている様子が印象に残りました。パティシエという仕事を愛し、長く続けたいからこそ味はもちろんコスト計算や戦略も考える。さらに、地元霧島の食材を活かし、この土地ならではのスイーツを生み出し、しっかりPRしていく。それらすべてを楽しんでやっている深野さんの姿勢に元気を分けてもらったような取材でした。

『À LA MINUTE(ア・ラミニッツ)』

住所:鹿児島県霧島市霧島田口2638番地548
営業時間:11:00~18:00(※売り切れ次第閉店)
定休日:月、火(月曜祝日の場合は営業、翌水曜を振替定休日)
HP:http://alaminute.shop/

written by

横田ちえ

鹿児島在住フリーライター。九州を中心に、WEBと紙の両方で企画から撮影、執筆まで行っています。鹿児島は灰が降るので車のワイパーが傷みやすいのが悩み。温泉が大好きです。
Twitter:@kirishimaonsen

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