ピエール・エルメ パティシエ界の偉人の足跡

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洋菓子の本場フランスをはじめ、海外には感性豊かで有能なパティシエがたくさんいます。
その中でも、フランスのピエール・エルメ氏は自身のブランドの1号店をフランスではなく日本に出店したり、日本食材をフランス菓子に多く取り入れたりと、日本ともゆかりの深い存在。
パティシエなら誰もが憧れる偉大なパティシエと言えるのではないでしょうか。

アメリカ誌のヴォーグが「パティスリー界のピカソ」と呼んだピエール・エルメ氏とは一体どんな人物なのでしょうか。
今回は、そのエルメ氏の経歴や活躍をご紹介します。

パティシエ ピエール・エルメ

1 エルメ氏は1962年、フランスのアルザス地方にパティシエ家系の4代目として誕生しました。
9歳でパティシエを志し、14歳でフランス菓子の先駆者と呼ばれるガストン・ルノートルのもとで修業を始めます。
14歳と言うと、中学2年生の年齢です。
そんな子供の時期から、エルメ氏はパティシエの修業を始めたのです。

ルノートル氏のもとで修業を積んだエルメ氏は、24歳でフランスの高級食料品店であるフォションのシェフパティシエに抜擢。
35歳の時には日本でも人気の高いラデュレの改革に携わります。
その中で、エルメ氏は次々に意外性に満ちた、美しく斬新な菓子を生んでいくのです。

 

例えば、イスパハン。
今では定番となった「ローズ、ライチ、フランボワーズの組み合わせ」など、誰が思いついたでしょう。
まるで芸術品のような美しさとともに、一度口にすれば誰もが魅了されます。


その後、36歳で本格的に自身のお店「ピエール・エルメ・パリ」を始動させます。
今ではフランス、日本をはじめ、イギリスやドバイなど各国に店舗を広げ、世界中からエルメ氏の菓子は愛されています。

自国であるフランスでもその人気は不動のもので、舌の肥えた、並ぶのが嫌いなパリっ子も、エルメ氏のお店では行列をつくることがしばしばあります。
でもその行列も全く苦にはならないと言います。
なぜならショーケースから顔をのぞかせる、なんとも魅惑的な菓子たちが、待っている時間さえも楽しませてくれるから。
ピエール・エルメという偉人の菓子は、食べる前からこんなにも喜ばせてくれるのかと、その才能に圧倒されるのではないでしょうか。


フランスでは比較的身近な存在であった「菓子」の中から、「高級菓子」というポジショニングを打ち出したエルメ氏。
新作菓子は、まるでパリコレのように春夏&秋冬のコレクションスタイルで発表します。
さらには、マカロンのオーダーメイド&オートクチュールシステム、伝統菓子の再構築に、フランス郷土菓子の商品としての展開など、パティスリー界の革新者として様々な挑戦を成し遂げてきました。

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出典 instagram.com  estheryeh24
出典 instagram.com  x.a.pp

これからもその革新は止まることはなく、何度でも、新しいフランス菓子を届けてくれることでしょう。

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