「美味しさは鮮度が命。だから、冷凍ケーキを選んでほしい」──本当のできたてを提供するオンラインパティスリーの挑戦

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※この記事は2020年10月下旬に行った取材を元に制作しております。

昨今、洋菓子業界でもオンラインショップ事業は急速に成長しています。クッキーやフィナンシェなどの焼菓子、アイス、チーズケーキにガトーショコラ…。全国どこにいても、名店の味を楽しめるような時代になりました。

ただ、提供する側にとっては崩れやすい生ケーキの配送は避けたいし、お客さんの姿が見えないオンラインショップはなんだか味気ない…そう感じる方もいるのではないでしょうか。

しかしコロナ禍の影響もあり、時代は確実に「オンライン化」を求めています。その証拠に、ケーキ通販サイト「Cake.jp」の登録会員数は50万人を突破し(2020年10月5日時点)、阪急阪神百貨店は冷凍ケーキを全国に届けるサービス「CAKE LINK」を今年10月から開始しました。

「できたての味」に近い状態を食べられるのは、本当は冷凍配送されたケーキなんです。それに、わざわざお店に行ってケーキを買うって行為がわずらわしいお客さんもたくさんいます。誰でも簡単に買えて、かつ美味しい。そんな理想を実現しようとしたら「冷凍ケーキのオンライン販売」に行き着きました。

こう話してくれたのは、今回ご紹介する鈴木涼太さん。『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』で販売や営業職・店舗運営・商品開発などを経験し、今年10月にオンラインパティスリー『AND CAKE(アンドケーキ)』を立ち上げました。実店舗を持たずに冷凍ケーキを配送する。新たなオンライン事業の挑戦について、詳しくお聞きしました。

AND CAKE代表 鈴木涼太(すずきりょうた)さん

静岡県磐田市生まれ
東海調理製菓フランス校出身(現在フランス校は廃校)。フランス留学中に二つ星レストランでパティシエの勉強をし、卒業後は『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』で販売職として入社。各店舗の店長を経験し、営業職にキャリアアップしてからは店舗運営・商品開発・人財マネジメントなどを経験する。

できたての味を提供できる
確実な方法が「冷凍ケーキ」

──コロナをきっかけに冷凍ケーキ需要は高まっていると思います。鈴木さんがオンラインショップを始めたのは、そういった需要からでしょうか?

いえ、準備を始めたのは去年の秋頃で、コロナ流行と時期が被ったのは偶然です。僕は元々「サダハル・アオキ」で販売員としてお客さんと接する立場にありました。営業職に移ってからも全国の催事等でお客さんと直接お話できる機会が多く、12年くらい勤めてきた中でお客さんが買っていかれる姿をずっと見てきて「ケーキを買うって、わずらわしさもたくさんあるんだなぁ」と分かったんですよね。それがオンラインショップを始めようと思ったきっかけの一つです。

──実際、そう思っている人が多いということですか?

直接言葉で聞いたことはありません。でも、ケーキを買うと持ち歩きの時間を気にしないといけないし、満員電車に乗りにくかったり、荷物がかさばったりしますよね。郊外の方だったら車に乗って何十分…とか、他に行くお店がないとか。都会の人も地方の人も関係なく、ケーキって買いづらい。男性だったら足を踏み入れるのもハードルが高い、という人もいる。じゃあ、工房から直接家に商品が届くほうが、確実で楽なんじゃないかな、と思うようになりました。

▲鈴木さん考案の楕円形ショートケーキ。AND CAKEは代表の鈴木さんと製造を担うパティシエの2名でスタートした。

──確かにそうですね。ただ気になるのは、冷凍配送をすることによってケーキの味が落ちるんじゃないか、ということです。

みなさん、やっぱり冷凍に対して良いイメージはないですよね。でも焼きたて、作りたてをセールスポイントにするお店はたくさんありますが、それは「ショーケースに入れた瞬間はできたて」なだけであって、お客さんが買って、持ち帰って、食べる時には、鮮度はかなり落ちています。いくら冷蔵庫にしまっていたとしても、酸化しながら劣化は進んでいますから。本当に新鮮な状態で食べられるのは、実は「冷凍ケーキを解凍した瞬間」なんです。だから僕のオンラインパティスリーでは、作りたてをすぐ急速冷凍にかけて鮮度の高いケーキをそのまま維持して、一番美味しい瞬間で食べてもらえるようにしました。

▲フレッシュな内に急速冷凍し、フランボワーズの風味ごと完全保存。

──すごく納得しました!確かに「冷凍」って製造過程の中では必要な工程だったりもしますし…冷凍すること自体、品質に影響がないはずですよね。

冷凍に向いていない食材もありますが、基本はそう思います。本当に美味しい瞬間で食べてもらえる。そして、お客さんがもっと買いやすくなる。この二つのメリットがオンラインだからこそ叶えられるんです。僕の目標は「冷凍ケーキのイメージを覆す」。冷凍配送しているお店もありますが、基本は店売りが売上のメインで、オンライン商品は売れればラッキー、くらいに捉えていて本気で取り組んでいるところは少ないと思います。このままだと世の中は「しょうがないから冷凍ケーキを頼もう」みたいな風潮になりかねない。ではなくて「美味しいケーキが食べたいから冷凍ケーキを注文しよう」と考えてほしいんです。

お客さんに寄り添えるかどうかは
実店舗でもオンラインでも意識次第

──オンラインのみの販売にするとお客さんとの接点が実店舗よりもかなり減りますよね。販売経験の長い鈴木さんには葛藤があったんじゃないでしょうか?

そうなんですよ!正直、めちゃくちゃありました(笑)。僕自身、販売経験も長くてお客さんとの会話からヒントをたくさんいただいていましたし、その声をもとに売り方や接客を改善してきたので。お客さんの意見は、経営の答えでもあります。オンラインは確かに買いやすくてメリットも多くありますが、お客さんの意見を聞くことが減るのはビジネスをする上で不安はありましたね。でも、そんなことないんだって、1ヶ月やってみて分かりました。

──と言いますと…?

今はSNSの時代で、何らかのアプリを開けばお客さんが感想をつけて投稿してくれています。今はまだComing soonになっているマカロン(※現在は販売中)も、「いつになりますか?」と問い合わせをいただいたり…それと、GoogleAnalyticsを使ってWebサイトを分析すれば「どこの地域の人が多い」「どこからサイトに入ってきて」「どこのボタンをクリックして」「どのページでサイトから出て行った」といった感じでお客さんがどんな動きをしてるか分かります。売り場では聞けていなかったことも可視化できて、新しい発見になりますね。お客さんの動きを観察するという意味では実店舗もオンラインも必要で、意識するかどうかが大事です。

▲10月1日にオープンしたサイト

──お客さんが来ない工房で、息が詰まったりモチベーションが下がったり…ってこともないんでしょうか。

会社は僕とパティシエの2名で立ち上げたのですが、お客さんからの声はすぐにパティシエに共有しています。誰のためにこの仕事をしているか、ケーキを作るのか…その目的ってパティシエになる原点みたいなものですよね。それをいつも意識するとモチベーションは下がりません。でも実は、この作り手のモチベーションが下がっちゃうのは、オンラインショップだからといって起こる問題じゃないんですよ。

──どういう意味でしょうか?

工房と売り場が近くて、いつもそばにお客さんの存在を感じられるお店ってたくさんありますが、工房にいるパティシエと売り場にいる販売スタッフの連携がとれていないとまったく意味がないんです。お客さんに喜んでもらった、嬉しい言葉をいただけた。でもそれが作り手に全然伝わっていなければ、実店舗であっても周りの声が聞こえない閉鎖的な環境になります。

▲ショートケーキの生地には密度の細かいビスキュイスフレを採用。

──お客さんの声を共有できていない、ということですよね。その問題、たくさん起こっていると思います。

逆も然りで、どれだけこだわってケーキを作っても、販売スタッフにそのことが伝わっていないとお客さんにも上手に説明できない。せっかくいい商品なのに全然売れない…そんなことが現場ではよくあるんです。少し話は逸れましたが、オンラインショップだから何も見えない、聞こえないってわけじゃないんですよね。聞こうと思えば会わなくても聞ける。お客さんに寄り添いたい、声を聞きたいっていう意識の問題だと思います。

こだわったのは梱包とシャンティ
全国の冷凍ケーキで研究を

──オンラインでケーキを配送するにあたって、気をつけたことはなんでしょうか?

やっぱり出荷時の梱包形態ですね。商品が届いた時、ケーキが崩れていたらすべてが台無し。横揺れ、縦揺れの衝撃に耐えられる資材と方法を研究しようと、全国からありとあらゆる冷凍ケーキを取り寄せました。そしたら箱の内側に接触してクリームが崩れていたり、大体が壊れていたんですよね…。

──それは残念…クレームに繋がりますよね。

う〜ん…クレームというよりも、ケーキが壊れている=大切な日を壊してしまう、ということなんです。ケーキ屋って本来、お客さんの特別な1日に寄り添って幸せになってもらう商売なのに、ガッカリさせてしまうのは絶対に嫌じゃないですか。配送だから仕方ないよね、なんて思わせたくありません。箱を開けて感動してもらって、食べたらさらに感動してもらえるように、まずは梱包方法を突き詰めました。

▲「本来は配送に向かないんですけど」と、独自性のある楕円形のデザインで勝負。

──商品開発は鈴木さんが?

そうです!僕自身、パティシエになるのが夢でフランス留学までしたのですが、肌が弱くて水仕事に耐えられず…断念するしかなくて。販売職で中途入社したんです。ただ仕事としてケーキは作れなくても、家で有名シェフのレシピを完コピしたり、食べ歩きや研究はずっと続けていて。アイデアやレシピは僕が考えて、それをうまく具現化してくれるのがうちのパティシエです。

──サイトのオープンからある、ショートケーキでこだわった点をお聞きしてもいいでしょうか?

生クリームです。ショートケーキの主役になるクリームなので、冷凍を経てもフレッシュ感が出る配合を考えました。配合は企業秘密で言えないんですけど(笑)。家に届いて冷蔵庫に入れて8時間後に解凍されるので、解凍したてで食べてもらえるといいですね。テイクアウトのお店となんら変わりない、なんならそれ以上に美味しいと思ってもらえると思います。本当に美味しくできたので!

▲乳脂肪分が異なる2種類のクリームをブレンドしたシャンティクリーム。

──ありがとうございました!実は私も買ったので、食べるのが楽しみです(笑)。最後に、今後の展望について教えてください。

買ってくださって嬉しいです。また感想聞かせてください(笑)。これからのことですが…僕らはオンラインであってもあくまで「パティスリー」を名乗っています。専門店は目指していません。できる限り色んな種類のお菓子を作って、それを全国の方に品質の良い状態でお届けしたい。それは作り手の技術を停滞させないように、という理由もありますし、1人でも多くのお客さんに色んなお菓子を選んでもらいたい。お菓子で幸せな気持ちになってもらうことが僕ら「パティスリー」の役目ですから。


オンラインパティスリー『AND CAKE』
工房住所:東京都練馬区豊玉中1-11-6 パークフォレスト練馬豊玉105

written by

あかざしょうこ

1984年生まれ。PATISSIENTの編集ライター。「人生の教科書は人」をモットーに、聞いたり書いたりしています。
AND CAKEのショートケーキは軽くてさっぱり系。すごく美味しくて人に伝えたくなるケーキでした。冷凍ケーキにどハマりしそうな気がします。

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