「実は、得意なことを仕事にしたわけじゃないんです」 ――葛藤を乗り越え、マカロン専門店を続けてきたオーナーの次なる目標

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近年増えてきている、〇〇専門店。 ひとつのメニューに絞り、こだわりを持ってお店を切り盛りする姿は潔さが感じられます。 こうした業態は企業での経営が多いですが、個人経営での”専門店”は、なかなか勇気のある選択ではないでしょうか。
今回はパティスリーではなく、マカロンのみで営業を続けるお店をご紹介します。

東京都千代田区にある、11平米のマカロン専門店「ル・プチ・クール」。2014年に恵比寿でカフェ業態として開業したのち、現在は神保町に移転。工房兼店舗を構えています。

お話を伺ったのは、オーナーの川村 祥子さん。 取材する前は「好きなこと、得意なことを仕事にした方」なのだと思っていました。 ひとつ3cmの小さなマカロンだけで勝負している川村さんは、自分にとって理想的な働き方ができているのではないかと考え、取材を申し込んでみたのです。

話を聞いてみると、実は川村さん、マカロンがとくべつ得意だったわけではないそう。 それどころか、かつては「他のお菓子も作れるし、調理だってできるのに!」と、もがいた時期もあったとか。

今回は川村さんに「なぜマカロンに絞ったのか」「お客様をどうやって開拓していったのか」など、専門店を軌道に乗せるまでをお聞きしてきました。

川村祥子(かわむらしょうこ)さん

株式会社マカロンドール代表取締役。カフェのキッチン、フレンチレストランのサービス勤務などを経てル・コルドンブルー東京校へ入学。料理・製菓のグランディプロム、パンのディプロムを取得する。その後大手料理教室講師、お菓子の卸業など経て2014年、恵比寿にカフェ併設のマカロン専門店「ル・プチ・クール」をオープン。フランス伝統菓子を独自のカラーやガナッシュにアレンジし販売する。オリジナルのプリントマカロンで一躍人気を博し、テレビやメディアでも注目される。2017年9月に千代田区神田錦町へ移転。

2014年、マカロン・カフェとして開業。転機はWebマガジンへの掲載だった

――マカロンだけのお店って珍しいですよね。こちらは工房を兼ねた店舗と伺っていますが、店頭販売分以外のオーダーも多いのでしょうか?

店頭でも販売していますが、企業のノベルティやお土産などのご依頼がメインです。売り上げの割合としては店頭売り2:企業依頼8といった感じですね。企業からの依頼の場合は100個単位の注文が主で、多い時は数千個の注文が入ります。一番多い時で、10000個作ったこともありました。

ほか、「バースデーパーティーでマカロンタワーを作ってほしい」というお客様や、「お酒に合うマカロンを作ってほしい」というバーからのご依頼などさまざまです。開業してから5年ですが、受注が増えてだいぶ安定してきましたね。

――10000個!すごい数ですね。スタッフさんは何人体制ですか?

開業当初からしばらくは私ひとりで対応してきましたが、忙しくなってきた頃からは販売や接客対応で1~2人ほどアルバイトスタッフを雇っています。私は製造に専念することが多いですね。 最近は「私以外にもマカロンを作れる人がほしい」と思うようになって、今ちょうどひとり試用期間中なんですよ。年明けから正社員になる予定です。

――そうなんですね。企業からの依頼など、これまで仕事はどうやって開拓してきたのでしょうか。

最初はマカロンを楽しめるカフェとしてオープンしました。恵比寿の奥まった立地だったのでふらっと来る方は少なく、受注生産のほかはご近所の方向けに営業していた感じでした。とくに宣伝らしいこともしていなかったんですが、転機になったのは開業した翌年に「恵比寿新聞」というWebマガジンに取り上げられたことですね。

参考サイト:恵比寿新聞当該ページ

その頃、ある企業さんから「ノベルティとして、企業ロゴの入ったマカロンを作れないか」と打診があったんです。その時はアイシングするくらいしか思いつかなくて、いったんはお断りしました。でもその後、食品に可食インクで印字できるフードプリンタがあることを知ったんです。

当時取り入れているお店はそれほど多くなかったので、「これをうまく活用できたら、今後は企業ロゴのオリジナルマカロンも作れるな」と、思い切って導入してみました。試作を繰り返してようやく思うように作れるようになった頃、そろそろお店のホームページで紹介しようか、と思っていたちょうどその日ですね。恵比寿新聞の編集長から取材依頼があったんです。

――おお、ナイスタイミングだったんですね!

「ロゴマカロンの宣伝になるかもしれないし、いいですよ」と気軽に引き受けてみたんですが、その後メディアからの取材依頼が殺到しました。恵比寿新聞は地域の人はもちろん、企業の方もたくさん見ているWebサイトで、公開された瞬間から環境が一変してお客さんも一気に増えました。当時はマカロンにロゴや写真を印字するお店はまだほとんどなくて、目新しさもあったんだと思います。 企業の方が毎日入れ替わり立ち代わりお店を見に来たり、ホームページのアクセスが検索数一位になったり。その後半年ほどは月1程度でテレビロケが来たり、雑誌の取材が続いたりしていましたね。

――それだけの注文や取材を、川村さんおひとりで対応するのは大変だったんじゃないでしょうか?

そうですね。作るのに精いっぱいで電話やメールまではとてもさばききれなかったので、友人にアルバイトとして注文受けを手伝ってもらいました。ご注文も『うちの店をどんな媒体で知ったか』で内容が変わるんですよね。あるテレビロケでは、タレントさんの顔をマカロンにプリントしたものが紹介されたんです。放送直後は一般のお客様から注文が殺到するんですが、どれも1個、2個で少量の注文。すべて違う写真データで作ってほしいと言われることも多くて。細かいオーダー対応は友人に力を借りて、どうにか乗り越えて…落ち着くまでは結構大変でした(笑)。

現場で経験を積み、独学の知識を確かなものするため「コルドン・ブルー」へ

▲店頭では12種類を揃えるほか、ハロウィンなど季節のマカロンを取り扱っている

――川村さんはカフェ勤務からキャリアをスタートされたとお聞きしました。昔から料理やお菓子作りに興味があったんですか?

そうなんです。もともと小さい頃からお菓子も料理作りも大好きな子どもでした。小学生の頃、誕生日に買ってもらったお菓子の本を隅から隅まで熟読して丸暗記するくらい(笑)。 調理と製菓、どっちかではなくて、両方やりたいなって思っていました。 知り合いのカフェの厨房で働くところからスタートして、フレンチレストランのサービスも経験して、ソムリエの方からワインも教えてもらうこともありました。レストランで数年勤務した後は、自宅でお菓子の卸業を7~8年ほど続けました。

――コルドン・ブルーに入学されたのは、そのあとですよね。

はい。この仕事でずっと食べていくにはどうしたらいいかと、これからの働き方を改めて考えてみたんです。 そこで、それまでは現場や独学で色々覚えてきたので、きちんと基礎も身に付けて勉強したいなと改めて思いまして。大手のクッキングスクールで講師の仕事をしながらコルドン・ブルーに通うことにしました。 時間の融通が利くアルバイト講師として働き、週2日コルドンで学ぶ。この生活を2年続け、最短で料理と製菓、パンの資格を取ってからお店を持ちました。このときくらいに、ソムリエの資格も取得しました。

▲講師時代に作った好評だった和素材を使ったマカロンは、現在もラインナップとして健在。

――そうだったんですね。では、川村さんがマカロンを作り始めたきっかけって何だったのでしょうか。

クッキングスクールの講師をしていた時、自分のオリジナルレッスンを考える企画があったんです。そこで桜の花びらをトッピングしたピンク色の「春色マカロン」を提案したらすごく人気になって。遠いところからわざわざ通ってくださる方もいたくらいです。好評だったので夏・秋・冬と1年通してやることになって。翌年になると「昨春受けられなかった」「知ったのが秋で、春や夏も受けたかった」という声もあり、結局2年間続けることになりました。

それがきっかけで和食店から「桜や抹茶を使った和のマカロンをお土産用に作ってほしい」という個人的なご依頼が来たんです。和マカロンはとても好評で、継続的に依頼をいただくようになって、講師との両立が厳しくなっていきました。それならいっそ、マカロンを卸しながら自分でカフェをやろうと思って、お店をオープンしたんです。

「料理もお菓子も作れるのに」ともやもやする日々。専門店としての焦りや不安も

――最初、恵比寿にオープンしたお店はマカロン・カフェとのことでしたね。

そうです。和食店から依頼を受けたマカロン製作のほかに、ランチやスイーツ…季節に応じたマカロンをお店でも食べられるようなカフェとして営業していました。翌年からメディアに取り上げられたこともあり徐々に忙しくなってきたので、順調だったと思います。でもその頃からなんとなく違和感をもつようになっていました。

――違和感? どんなことでしょう。

私はほかにもお菓子が作れたし、もともとはマカロンがやりたかったわけでもすごく得意なわけでもないんですよね。問い合わせをくださった方に「他にも色々なお菓子や料理が作れますよ」って提案するんですけど、やはりみなさんマカロン目当て。 今思えば当たり前なのですが、当時はもやもやした気持ちや焦りがありました。マカロンだけでやっていく自信もなかったので、将来への不安もあったのだろうと思います。 結局、ロゴや写真マカロンの受注で忙しくなってからは他のお菓子を作る暇がなくなって、今のマカロン専門店が出来上がってきた感じです。

――その「もやもや」が晴れたきっかけなどはあったんでしょうか?

必死で注文に対応しているうちに、もやもやは吹き飛んでいましたね。それと同時に思ったんです。何か他のことをやりたかったら、まずはマカロンで知名度を上げれば良いって。みなさんに広く知られるようになってから他のことをやれば、「あのマカロン屋さんが今度は新しいことを始めるんだね」って受け入れてもらえるじゃないですか。何もないところで色々なことをやろうとしてもきっと届かない。ある時から割り切って、ポジティブな方向に考えられるようになったんです。

後進の育成と、稼げる手立てを考えるのがこれからの私の仕事

――冒頭で「新しい製造スタッフさんが入社した」と伺いました。何か変化はありましたか?

これまでほぼ私ひとりでマカロンを作って来ましたが、彼女が毎日入って製造と店番とやってくれるようになって、体力的にも精神的にもすごくラクになりました。自分の頭と体をほかに使えることがすごく助かっています。アルバイトに来てくれている子はこれまでにもいましたけれど、今までは自分自身が作ることに追われていて、新しいレシピを考えるのもいつもギリギリでした。最近はマカロンだけでなく焼菓子の販売も始めたんですよ。

▲左手を添えずに右手のみで生地を絞る、ちょっと珍しい絞り方の川村さん。こちらの方が力加減の調節がしやすいのだそう。

とくに昨年は手も腰も痛めてしまって、本当にもうダメかと思いました。年齢的にも今後は現場から少し離れて違うところで頭と体を使いたい、稼げる仕事を見つけていきたいなと考えています。

――何か具体的なビジョンがあるということですか? 例えばどんなことでしょう。

そうですね…。まだ具体的ではないですが、今後は後進の育成を中心に商品開発やマカロン作りのレッスンをしていきたいですね。 レッスンすることで製菓業界が盛り上がる一助になって、さらにゆくゆくはうちのお店で働いてくれる人材も育ってくれたらいいな、と。

製菓や飲食業って、やっぱり「お菓子や料理が好き」という気持ちから入る方も多いじゃないですか。企画したレッスンをきっかけに”好き”を見つけてもらえたら嬉しいなと思うんです。

それに、スタッフを雇うにはさらに利益を上げていかないといけません。一方で、お店だけで売り上げを確保しようとすると、どうしても長時間労働・低賃金になってしまいます。お店以外できちんと利益を上げられる仕事を私自身が作り上げていければ、スタッフのみんなも辛くならずに暮らしていけるようになるのではと。

今はどこも人材不足です。とくに製菓業界って大変かもしれないけれど、すごく夢のある仕事。せっかくこの業界で働きたいという方は大事に育てて、働きやすい環境を整えるのも、雇う側の仕事のひとつかなって思いますね。 憧れだけじゃなくて、実際に働いて楽しいって心底思える人が増えるように、素敵な職業にしていきたいと考えているんです。

◆ル・プチ・クール

住所:東京都千代田区神田錦町2-4-6 1F
営業時間:火〜金曜・8:00〜9:00、11:00〜15:00 土曜日 11:00〜17:00
定休日:月曜・日曜・祝日
公式HP:https://www.macaron-dor.com/

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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