「仕事と育児、両立させるための独立」…ある女性パティシエが辿り着いた、自分にとっての理想形

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「お菓子を作ることは大好き。けれど将来、結婚や出産を経ても続けていけるのだろうか」。

夫婦共働きが増えてきたとはいえ、「結婚して子どもを育て、好きなことを仕事として続ける」を叶えている人はまだまだ少ない製菓業界。将来にそんな不安を抱えている女性パティシエもいるのではないでしょうか。

しかし、独立によって「仕事」と「母」を両立している、あるパティシエがいました。

今回は、東京都中央区にお店を構える、石橋にい奈さんをご紹介します。彼女のお店の営業時間は10:30~16時、水曜と日曜・祝祭日はお休み。好きな仕事をしっかり続けながらも、家族と過ごす時間を大切にしているそう。

でも…毎日大変じゃないですか?
「仕事」と「母」、どうやって両立させていますか?

ご本人に素朴な質問をぶつけてみました。

石橋にい奈(いしばしにいな)さん

Room For Cake by Niina代表。デザイナー、ケーキデコレーター。父の仕事の関係で誕生~3歳までと、小~中学校時代をドイツで過ごす。日本の大学院を卒業し、ヘアケアメーカー、アパレル業界などで働く。その間にデコレーションケーキスクールで指導資格を取得、結婚後に同スクールで教え始める。さらに同時期、オーダーケーキ専門店にも勤務。教える側と作る側を経験するうち「作る方に比重を置きたい」と独立を決意。「ドルチェマリリッサ」「Lisa’s Cake Market」などで腕を磨いたのち、2015年、自宅近くに自身の店をオープン。6歳、2歳の女の子の母でもある。

店頭販売のほか、個人や企業からのオーダーケーキを手掛ける

取材に向かったのは、国内最大級の規模を誇っていた卸売市場「築地」周辺。昔ながらのかつお節店からだしの香りが漂ってきたり、手作り豆腐の店からは湯気が出ていたり。昭和の雰囲気が色濃く残る街かと思えば、オシャレなビストロやフラワーショップもあり。新旧入り混じる不思議な雰囲気を持つ地域です。その中にひときわ目立つケーキショップ「Room For Cake by Niina」があります。

店名は『Room For Cake=ケーキは別腹』という意味の英会話フレーズが由来。パリの一角にあるようなショップをイメージしたかわいらしいデザインです。

こぢんまりとしたお店ですが、1日に20~30人程度のお客さんが来るとか。1時間ほどの取材中にも、友達へのバースデー用にとアイシングクッキーを注文するお母さんや、常連だというサラリーマンの方、ホールケーキを作ってほしいというご近所の方が訪れます。

季節に応じた7~8種類の生菓子、焼菓子販売のほか、デコレーションケーキやパーティー用のケータリングスイーツなどを手掛けています。

オーダーケーキはお客様の要望を丁寧にヒアリング。スケッチに起こしてから製作に取り掛かります。個人はもちろん、企業から「イベント用に」と依頼されるケースも多いそう。

▲人気ガールズバンド・Scandal(ソニーミュージック)のリューアルイベントのために作成した「くちびるのポップスクッキー」

▲あるアニメイベントにて。声優の丹下桜さんのバースデーケーキを依頼され作成。

また、お店のWebサイトには、VORGE GIRL出版記念イベント用のスケッチとケーキも掲載されています。一人で9段ものデコレーションを手掛けたとのこと、圧巻です。

カラフルで精密なデコレーションケーキ、自分でも作ってみたい

――石橋さんは異業種からの転職とお聞きしました。製菓の道へ進んだきっかけはどんなことでしたか?
昔から物を作るのが好きでしたし、お菓子作りが好きな母の影響もあったと思います。お菓子ならすぐ形にして、誰かを喜ばせることができますしね。会社員として働いているときにたまたまデコレーションケーキスクール「WiltonJapan」を見つけて、アメリカ発祥のとってもカラフルなケーキに魅せられてしまいました。「自分でも作れるようになりたい」と、アイシングクッキーからデコレーション技術まで教えられるインストラクターの資格を1年半かけて取りました。でも、その時はあくまで趣味の範疇。仕事にしようとは思っていなかったんです。

――転機となったのは何だったのでしょうか。
母の死…でしょうか。インストラクターの資格を取ってから結婚したのですが、そのあとすぐに母が亡くなったんです。あまりに突然のことで心の準備もできませんでした。その時私は32歳で『人生には限りがある』ことを母の死で実感したんです。

――とてもつらい経験をされたんですね。
この時から「生きている間に、自分ができることを何か残しておきたい」と強く思うようになりました。ちょうどWiltonJapanから声をかけていただいたこともあり、インストラクターとして働き始めたんです。

教えることも好きでしたが、作る方にも力を入れていきたいと、オーダーケーキ専門店で製作の仕事もかけもちしていました。また同僚の方が独立することになり、横須賀のお店でお手伝いも。とにかく技術を身に付けようと必死でした。

この頃には私にも子供が生まれ、生後7か月で保育園に預けて仕事をしていました。でも自宅~横須賀間は片道1時間以上。子供と触れ合う時間がなかなか取れず、ふと「このままでいいのかな」と思うようになりました。毎日があっという間で、乗り越えるのが精いっぱい。せっかく母になれたのだから「子供のそばで働き、成長を見守っていきたい」と気持ちが変わっていきました。

できればもう一人子供も欲しいし、自分のやりたいことと、働きやすさの両方を実現するためにはどうしたらいいのかと考えました。夫にも相談した結果、自宅と保育園の両方が近い場所でお店を構えようと独立を決めたんです。

生活圏内に限定して探し、ようやく見つけた空き店舗

――それで築地なんですね。お店の場所はどうやって探したんですか?
毎日のように近所をぐるぐる散歩しながら、焦らず時間をかけて空き店舗を探しました。今の場所はもと工務店で、事務所兼作業場として使われていたようです。奥に長いので、手前は売り場、奥は厨房に。 独立を考え始めたころから「自分のお店を持つならこんな風にしたい」とイメージや希望を書き溜めていました。 ただ、なかなか予定通りに工事を進めることができず、困ることも多かったです。「本当にオープンできるんだろうか」なんて落ち込む日々が続きました。

――その状態からよくこんな素敵な内装にたどり着きましたね!
自分で細々と売り場の壁塗りをしているときに、たまたま娘の同級生のお父さんが通りかかったんです。「困っているなら良い施工業者を紹介するよ」とその場で電話してくださって。その業者さんに希望と予算を伝えたら、それに見合った内容を、ホールからエントランスまでイメージ通りにすべて作ってくれました。本当に感謝しています。

ほかにも設備の導入や、箱などの細かな仕入れ先にも悩みましたね。困った挙句、以前の職場のオーナーに相談したらあっさり解決したことも(笑)。自分ひとりで悩まずに、もっと早く話してみたら良かったと思いましたね。昔の職場とのご縁は大切にしておいた方がいいです。

コンパクトな生活で無駄を削ぐ。困ったときに差し伸べてくれる手を大切に

――自宅もお店も、お子さんたちの環境もすべて徒歩圏内なんですね。よろしければ1日のスケジュールを聞かせていただけますか?
朝6時に起き、自分の身支度を整えてから子供を起こします。7時には朝食、8時前に外出準備をして小学校や保育園に送っていき、8時半にはお店に到着する感じですね。

仕事は毎日山積みですけど、気心の知れたWilton時代の同僚がアルバイトとして毎日入ってくれているので助かっています。営業時間は10:30~16時。体力が持たないので、お昼休憩はしっかり取ります。

なるべく残業はせず、終わったら保育園にお迎えです。夜は22時就寝。若い時はこんなに早く寝るなんて考えもしませんでしたけど、自分が倒れたら元も子もないので、睡眠第一に。今ではいいリズムができています。

オープンしたばかりの頃は「いつもショーケースいっぱいにケーキを並べておかないと」とか、「なくなったらすぐ焼かないと」なんて、いつも何かに追われていました。時には子供のベビーベッドを厨房に入れて寝かしていたり、おんぶひもで背負いながら作業したりすることも。

でも今は基本的に仕事を持ち帰らないようにして、帰宅後は子供との時間を楽しんでいます。「明日でも間に合うことなら明日する」スタンスです。本当はそんな考えではいけないのかもしれませんけどね。自分のやりたいことと同じくらい家族も大切にしたい。何かあった時に後悔したくない。そうでなければ独立した意味がないなと思っているんです。

――なるほど…。他に気を付けていることなどはありますか?
民間・公営問わず、サポートしてもらえる場所にはどんどん登録しています。例えば病児保育やファミリーサポートなどですね。我が家は私も夫も、母が早くに他界していますし、両方の父もそれぞれ病気などを抱えているので頼れないんです。

でもその分、夫はすごく協力的。もともと料理が好きということもあり、毎日のごはん作りをしてくれます。お店の内装に合わせたWebサイトを作ってくれたのも夫です。私が子供の風邪をもらって倒れたときは、お店にも立ってくれました。

イベントに出店したり、急な仕事が入ったりした場合は、お友達家族が娘をよく預かってくれます。娘が何よりうれしそうですし、私も一番安心できるので、そういう時はご厚意にありがたく甘えています。

お母さんとの思い出と、色々な人の協力で支えられている

――周りにいる方にいかに協力してもらえるか、が両立の秘訣なんですね。
本当にそう思います。じつは、このお店の開業資金700万円は、母の遺産から出したんです。不謹慎かもしれないとも思いましたけど、母なら「夢を叶えるんでしょう?いいよ」と言ってくれるような気がしたので。

ショーケースには、母がよく作ってくれたチーズケーキを並べています。レシピ帳には分量しか書いてなかったので、母と姉と子供の時に一緒に作った記憶を頼りに、温度や時間などかなり試行錯誤しました。敬意を表して「マダムジュンコ」と名付けました。今このケーキがお店の看板商品になっていること、母もきっと喜んでくれているんじゃないかなと思います。

色々な人に支えられて成り立っているお店です。これからも地域の方々に喜んでもらえるようなかわいくて美味しいお菓子を作り、幸せを届けていきたいですね。

店舗プロフィール

Room For Cake by Niina
住所:東京都中央区築地7-15-7
営業時間:10:30〜16:00
定休日:水曜、日曜、祝祭日
HP:http://www.cakebyniina.com/

取材後記

大切な人を失って、これからの生き方を考えた石橋さん。
「結婚して子供をもつ」「ケーキデザイナーとしてやりたいことをする」どちらの希望も叶えるために独立を選びました。その希望を支えているのは、これまで育んできたご縁だったんですね。

何気ない日々が愛おしいからこそ、「毎日を特別にするスイーツ」を作りたい。石橋さんのお菓子には、そんな想いが詰まっています。人を大事に、そして大事にされる石橋さんの姿に、心うたれる取材になりました。

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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