【年商4億】Zopfオーナーが語る商売論!売り場8坪の「パン好きの聖地」

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千葉県松戸市郊外にある小さなパン店『Backstube Zopf(バックシュトゥーベ ツオップ)』には、毎日多くのお客さんが訪れます。
「かならずお気に入りのパンが見つかる」をコンセプトに、ずらりと並べられる様々なパン。1日におよそ300種類・6000個以上を作るという脅威の生産体制で、売り場8坪しかない小さなお店にも関わらず日商100万円を稼ぎ出します。

▲店内(お店提供写真)

限られた時間とスタッフで、いったいどのように実現させているのでしょうか。オーナーシェフ・伊原靖友さんに詳しいお話を伺ってきました。

伊原 靖友(いはらやすとも)さん

1965年、東京都葛飾区生まれ。12歳で千葉県松戸市に移り住み、高校卒業後から神奈川県平塚市の「シェーンブルン」で修行をスタート。3年半勤務したのち、父の経営する「ベーカリー マルミヤ」に入社する。2000年に店を引き継ぎ、「Backstube Zopf」としてリニューアルオープン。2004年「All About パン部門」で全国人気1位を獲得(現在は殿堂入り)。2013年には店舗2階にカフェ「Ruheplatz Zopf」をオープン。2015年、第24回 優良経営食料品小売店等表彰にて農林水産大臣賞受賞。2019年、東京グランスタ内にカレーパン専門店をオープン。

いつでも焼きたて、揚げたてを提供。
大規模店と肩を並べるため「ピークタイムを作らない」戦略に

──少し暗い店内で、棚を埋め尽くすように並んだパンの数に圧倒されました。

「いつ来てもたくさんのパンから好きなものを選んでもらえるようにしておきたい」という想いから、売り切れを起こさないように始めました。ここ10年ほどは、1日におよそ300種類、常時200種を販売しています。デパートと同じような感覚ですね。商品がないとお客様はもう来てくれないし、決まった時間帯にしか来られない方も多いですからね。

▲西日が当たる立地のため、陽射しの影響を受けないよう窓を取り払う設計にした。ログハウスのようなかわいらしい外観は奥様のりえさんがデザインした(お店提供写真)

▲「もともと先代(伊原シェフの父親)のお店の時から品数は多かった」と話す伊原シェフ。「父と運営していた当時は150種類くらいだったかな。父と僕、どちらのパンを作る?ではなく、両方並べちゃおうと。それでこんなに種類が多くなったんです」。(お店提供写真)

──パンは1日どのくらい作るんですか?

毎日だいたい6000~8000個ほどです。ストレート法でパンごとに生地を分けているので、40種類以上仕込みます。2台のミキサーをフル活用して1日60本くらい回すので、おそらく日本で生地数が一番多いんじゃないかな(笑)。工場は15坪程度で、ドーコン1本、冷凍庫も1台。窯は2台あります。

売り場は8坪ほど。少し狭いので7~8人ずつお客様に入っていただいて、レジは1台をフル回転して対応しています。買い物を終えて出られたら次の方に入っていただくようにしています。

▲あんパン、ドイツのクラプフェン、桜のリュスティック、いちじくのマフィン、ラップサンドなど、多種多様なパンが購入できる

──その規模で日商100万円とは、本当にすごいです。

ありがとうございます。パン屋は基本的に年中無休、360日ほど営業していて、2階のカフェは週5日程度開けています。売上の割合はパン90%、カフェ10%という感じですね。このほかに時々、セミナーなどの技術指導や、お店でのパン教室などを行っていて、年商は4億弱程度です。

▲80~100年前のアンティーク家具を配した、落ち着いた雰囲気の2階カフェ「Ruheplatz Zopf」。ヨーロッパの家庭料理を中心に、パンに合うメニューを出しており、予約必至 (お店提供写真)

──「開店から閉店まで商品を切らさない」って、とても大変ですよね。どうしてそのようなスタイルになったのでしょうか。

今は小さいお店でも繁盛している店が多いけれど、昔は「店の規模が大きくないと売上は高くならない」が常識でした。ツオップをオープンした2000年前後、このあたりはとくに大規模店の勢力が強かった。そういうお店と肩を並べられるくらい強い店にするにはどうしたらいいかと考えた時「ピークタイムを作らない」のが大事だと思ったんです。

決まった時間だけ集客をして売り上げを出せるほどお店は大きくないし、店内に入れる人数も決まっている。とすると、途切れることなくお客さんが来てくれた方がいいですよね。そのためには、開店から閉店までいつでもパンがある方がいいと考えました。

売れ残っても大丈夫。冷凍配送する
「もったいないセット」で廃棄ロスゼロを実現

──なるほど。でも、閉店までパンを並べると、廃棄ロスが大きく出てしまうのではと思うのですが。

残ってしまったパンは通販で「もったいないセット」として販売しているんです。だから廃棄ロスはゼロ。これは3年ほど前から始めた取り組みで、メルマガ会員さんの中で希望してくれた方に販売します。その日の営業で残ったパンは、基本的にお客様に毎日発送します。この仕組みだと保管のための冷凍庫などもいらないので。

ただ、何が残るかはわからないので、「どんなパンがいつ届くかは分からない」ことを前提にしています。その分、3500円で4500円相当のパンを箱に詰めてちょっとおトクになるようにサービスしています。

──今は廃棄パンになりそうなパンを販売し消費者に届ける「rebake(リベイク)」というサービスもありますが、ツオップではそれを独自に始めたんですね。

そうです。以前は3%程度廃棄ロスが出ていたんですね。もともと「たくさん作って売る」というお店づくりをしているから仕方ないのですが、廃棄にもお金かかるし、一生懸命作ったパンを捨てるのは何より心苦しかった。

今は届いたパンを喜んでもらえるし、店の子たちも製造量を気にすることなく作れます。これまで捨てるしかなかった分が売上の一部になるので、スタッフたちの待遇も変えられる。ありがたいなと思っています。

▲製造ロスだけは1~2%程度出てしまうそう。同じ間違いを繰り返さずに済むように、日報代わりのロス表を作り、各ポジションで記入。リーダーが毎日確認し、スタッフ間で共有している。

スピード感を大切に若手スタッフを育成
個々の人生を可視化する独自の取り組みとは?

──ツオップには若手スタッフさんも多いと聞いています。指導するにあたり、大切にしていることはありますか?

「とにかく手早く作る」ことが大事。1日に6000個以上作らなくてはならないので、いつでもスピード感を重視して仕事をしなさいと伝えています。

▲年中無休のローテーションなのでスタッフ人数は多め。正社員は平均30名前後、パート・アルバイトが10名程度おり、毎月21~23勤で対応している

僕が現場にいる時は見ますが、各ポジションにリーダーがいるので、基本的には先輩が後輩に教えます。そして、彼らに教え方を教えるのが僕の仕事。リーダーや先輩に「どう言えばうまく伝わるか」「どう教えると早く覚えられるか」を教えています。

同じ仕事をひたすら繰り返し行って覚えることも大切。だけど「新しいことを覚えられない、ずっと同じ仕事ばかりやらされる」って不満を持って辞めていく子も多いんですよ。こちらからすると「いや、君たちがなかなか覚えないからでしょ」と思うんだけど(笑)。

誰でも一人前になるのに相応の時間はかかるし、苦労するのが普通なんですが、教わる側と教える側の想いがうまく噛み合わない。そのギャップを埋めないといけないと思っています。

──確かにそうですよね…。現場のスタッフさんたちの気持ちの汲み上げ方はどうされているんですか?

おもにLINEですね。工場、販売、リーダーだけ、男女別とか、色々なグループを作っています。僕は女子だけのグループ以外は全部見られるようになっているので、そこでチラッと出る本音を読んだりとか(笑)。以前は面談やミーティングもしていたんですが、そういう場だと建前ばかりで彼らの本音が見えてこないので。

他には、2年以上働いている子を対象に「いつ辞めるつもりか」というアンケートも取っていますよ。

──えっ、それは珍しいですね!

もう10年以上続けています。スタッフの急な離職は店の力が一番弱まるところですからね。突然辞めてしまう子もいるけれど、あらかじめ聞いておいた方が僕らも準備できるし、聞かれた本人も自分の人生設計が立てられる。

最初は「独立や転職の意思があるかどうか」だけを聞いていたんですが、最近では「3年後に転職して〇〇のお店に行きたい」とか、自分の予定を書きなさいって伝えています。「予定はない」と言う子もいるけれど、ある程度は人生設計した方がいいからって。

──自分の人生を可視化するんですね。

そう、自覚につながるんですよ。例えば「30歳で独立したい、その時に子供は6歳になっててほしい」とか。今後どうなるか分からないけれど、具体的に決めておかないと時間が足りないでしょう。この業界はやりたくても諦めてしまう子も多いからね。

──女性はとくに、結婚や出産との両立に悩むケースも多いですよね。

そうですね。「仕事取るのか家庭取るのか」…迷う場面も多いでしょう。でも二者択一じゃなくて、どちらも両方手に入れた方がいいじゃないですか。だったらなるべく早めに今後について決めておくべきだと思うんです。

──そのアンケートは、立ち止まって自分のことを考えられる良いきっかけになりそうです。時折行っているという、スタッフ向けの「開業塾」も同じ目的なのでしょうか。

開業塾、最近はやってないんですよ。独立希望者がすごく減ってるからね。独立志向があっても、あまり口に出して言わなくなったような気がします。

──そうなんですね。ちなみに開業塾ではどんなことを教えているんですか?

そこまで難しい内容ではないですよ。まずは損得勘定がちゃんとできるように、Excelで簡単なフォーマットを作って、お金の計算をシミュレーションするんです。普通は1日の売り上げ目標とかから考えるんだけど、僕らは「自分がいくら給料欲しいか」から逆算させていくんです。

──わかりやすいですね。

そう。「残ったお金で生活する」が一番ダメです。僕の考えでは、売り切れるくらいしかパンを作らないお店は潰れます。売り切れる=自分の製造量を把握できてない。今は、自分の生活を支えるくらいの数を作れない子が多いんです。

パンは作品じゃなくて商品。単価が低いからある程度の量を作らなきゃいけません。「自分の給料または、夫婦ならふたりでいくら欲しい」と設定すると、「何百円のパンをいくつ作らなくてはいけないのか」がわかってきます。

──現実味が出てきますね。

パン屋はボランティアじゃない、あくまで商売です。週何日休みにするのか、スタッフは雇うのか。生活を成り立たせるうえで必要な給料から考えていくと、自分が理想とする店の全体像が把握できるようになります。きちんと試算しないと実感が伴わないんですよ。

──なるほど。先ほど伊原シェフのおっしゃった「とにかく手早く作る」につながってきますね。

パンが早く作れるようになれば余裕が出て、自分のタイミングで作れるようになる。結果、品質も上がるし、違う作業もできるようになります。働いている時に「早く作れ」と言われるのはプレッシャーだと思うけれど、独立したら「あの時早く作れるようになっててよかった」と感じると思うんですよね。

一店舗主義から「カレーパン専門店」の出店。
時代に合わせた取り組みへ

▲1日に2500個以上売れる、「Zopf」カレーパン専門店 グランスタ店のカレーパン。1個324円(税込)

──長らく一店舗営業をされてきましたが、昨年は東京グランスタに「Zopf カレーパン専門店」を出店されましたね。何か心境の変化があったのでしょうか。

10年以上前からお声がけはいただいていたですが、スクラッチ店をもう一店舗出すのは難しいので断っていたんです。目も行き届かないし、スタッフ育成も手が回らないので。そしたら逆に担当さんが「どんな形なら出店できますか?」って聞いてきたんです(笑)。

そこで「単品ならできるかな」と。少ない人数で、職人でなくても作れるもの…と考えていくと、焼成いらずの揚げ物に行き着きました。うちはカレーパンも人気だし、じゃあ1種類の専門店にしようと。

──本店とはフィリングが違うんですよね。

「うちのカレーパンです」って言えるけれど、じつはお店とまったく同じではないんです。現場でアルバイトさんが揚げられないと困るので、半焼成、焼成冷凍に。フライヤー3分で揚がるように調整しました。お客さんをお待たせしてしまうけれど、作りおきせずに揚げたてを楽しんでもらうようにしています。

でも正直言うと、出店して嫌になった面もあるんですよね…(苦笑)。

──どういうことですか?

アルバイトがたった3人で回している3坪のお店。なのに、年商2億に迫る勢いですよ。僕らなんてこんなに一生懸命色んな種類作ってるのに、もしかしたらうちの売上すら追い越されるんじゃないかって驚いたりむなしくなったり。こういう商売もあるのかなって。ずっと続けてきたうちの店のスタイルも、時代に合わなくなってきたのかなあと少し悲しい想いもあります。でも時代が変わるのは当然で、そこにしっかり対応していくことが大事なのだと思っています。

店舗プロフィール

Backstube Zopf(バックシュトゥーベ ツオップ)
住所:千葉県松戸市小金原2-14-3
営業時間:AM6:30~PM6:00
公式HP:http://zopf.jp/

取材後記

最後に伊原シェフに「『あの時これをやって良かった』と思う転機はありましたか?」とお聞きしたところ、「うちは立地も含めビジネスに優秀な店ではなかったので、自ら色々仕掛けていくしかなかった。ネットの発達でクチコミが広がるなど、時流に乗れたのも大きかったと思う」と答えてくれました。とはいえ、ツオップと同時期にオープンしたお店は今ほとんど残っていないそう。どんな時でも、柔軟な対応力が生き残りの要になってくるのかもしれません。

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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