
渡邊雄二(わたなべゆうじ)さん
1965年、三重県伊勢市にある老舗洋菓子店『シラセ』に生まれる。大学卒業後、鎌倉市の『レザンジュ』へ入店。三輪壽人男氏に師事。1993年からは実家の洋菓子店へ戻り、工場長を務めた後独立。滋賀県守山市に『ドゥブルベ・ボレロ』をオープンする。ショコラの格付け「C.C.C」では3年連続最高位を受賞するなどショコラティエとしても活躍。
高い技術、良い店づくり、良い接客を全員で
──今、渡邊シェフには13人のお弟子さんがいらっしゃると聞きました。これまでも多くの卒業生がいらっしゃると思うのですが、皆さんはシェフから何を学びたいとお店に入ってくるのでしょうか? やはり私のケーキの味を知り、その作り方を学びたいと入ってくる子が多いですね。ただ未経験の子には、1年間販売と接客に入ってもらいます。うちには将来独立したいと言って入ってくる子が多いんです。店に必要なのは、まず高い製造技術。加えて「良い店づくり」「良い接客」で成り立つと考えているので、必ず売り場に立ち、お客さん視点を養えるようにしています。
▲売り場の広さは意外にも控えめだが、取材中もひっきりなしにお客さんが訪れ、イートインスペースも昼以降は平日も満席。人気ぶりがうかがえる。

▲南仏をイメージしたパティスリー。エントランスの脇にはテラスへ続くアプローチが。暑い時期以外はいつも雑草を抜いたり、こまめに水やりをしているそう。
──ドゥブルベ・ボレロは確立された世界観がありますよね。1日の始まりは「お庭の手入れから」と噂を聞いたこともあります。 夏は暑くてできなかったから雑草が伸びちゃってますけどね(苦笑)。涼しくなってきたから手入れも再開しようかと。フランス菓子って、ちょっと独特ですよね。日本人にとっては日常的に食べるものではないんです。でもこの店に来てフランスのような雰囲気やアンティークに囲まれてみると「フランスに来たみたい」と気持ちのスイッチが入ります。敷地に足を踏み入れた時から気分を変えてもらって、そしてフランス菓子を食べてもらえるようにしています。オープン当初は批判しかありませんでしたけどね。 ──そうだったんですか?すごく意外です。今や滋賀県のトップパティスリーですよね。 滋賀の方にとっては、ケーキは小さいわ値段は高いわ、おまけに子供が食べにくいお酒が効いているケーキは受け入れがたいものだったようです。批判だらけでした。でもこれが自分の信じる「美味しいお菓子」なんだ。お酒を効かせて、子供ではなく大人が食べて満足するケーキなんだ。と、理解してもらうまで、根気よく伝え続けてきました。次第に、子供向けのケーキは別のお店で、大人向けはうちの店で…と使い分けてもらえるようになってきて。少しずつ、うちのケーキの味に慣れ親しんでもらうようになりました。
▲美麗なガトーがショーケースにずらり。どの商品もお酒をたっぷりと使った大人向けの味わい。
──お酒を効かせるのは、渡邊シェフの師匠である三輪壽人男氏(現:パティスリーMIWA)から学んだと聞きました。 師匠は相当こだわっていました。ただ師匠の組み合わせはラム酒だったりリキュールの風味が前面に出てくるタイプの使い方なんです。師匠曰く、味に広がりが出るのであえて別系種の素材を合わせる。例えばラズベリージャムに、チェリーのキルシュとか。合わないわけじゃないけど、昭和的な使い方です。 ──なるほど。 でもそれだと味に広がりはあるけれど、リキュールも強く感じすぎてしまうんです。お酒が好きな方はいいけど、苦手な人には受けが悪かったりします。そこで私は、同系種のリキュールを合わせることで、味・風味に統一感を出して奥行きを出すようにしたんです。美味しいフランス菓子はフルーツの味をどう活かすかがポイント。生フルーツから作ったピューレに乳製品が加わると味がぼけてしまうため、そこに40度程度の強いブランデーを加えることで、甘みをうまく消すことができる。甘さにキレが出るというのかな…それが私の菓子、ドゥブルベ・ボレロの味です。
▲使用するのはオードヴィーというフルーツブランデー。リキュールと比較すると高額だが、酒販免許を取得することで、卸値で輸入できている。仕入れたワイン・ブランデー類は売り場でも販売。

▲ドイツ菓子「アイアシェッケ」。お店がメディアで取り上げられる際は必ず紹介されるほどのロングセラー商品。
研修旅行、まかない制度で クリエーション(創造性)を育む
──ドゥブルベ・ボレロでは毎年お店を閉めて、必ずフランスなどのヨーロッパへ研修旅行に行くそうですね。当然その間は売上に響くでしょうし、何より13人分の旅費は高額です。それでも行く理由ってなんでしょうか? 本場の味はもちろんだけど、現地でしか知り得ない空気感や文化、生活事情を肌で体感してほしいんですよね。菓子職人として必要なのは製造技術だけじゃない。アートや映画、音楽など、アーティストやクリエイターの作品からインスピレーションを受けたり、広い世界で物事を見ることが大事です。シェフになれる人、なれない人…その差は「クリエーション」にあると考えています。 ──クリエーション…つまり創造力ですよね。 はい。良くも悪くも菓子は決まったルセットが存在し、分量通り、店のやり方、作り方を守っていればシェフの味を再現できます。でもそれで終わっていては、独り立ちとは言えません。いずれ自分の店を持ち、自分の菓子を生み出していくことになります。誰かの真似をしているばかりではなく、いかにアレンジするか、そして修正できるか…。その時に少しでも役立つように、他国文化への理解や経験、感性を養えるように、ヨーロッパへ勉強がてら連れていきます。

「弟子」は子供であり「師匠」は親である
──お話を聞いていると、昔ながらの師弟関係ですね。 まるで相撲部屋みたいでしょう(笑)。時代錯誤なのは理解しています。修行って言葉も、もう死語なのかもしれない。ただ自分にとっては彼・彼女らはスタッフというより弟子であり、子供なんです。彼・彼女らにとって私は師匠であり、親でもある。親は子供を自立させ、社会に出すために色々なことを教えるでしょう?食卓でのマナーや料理、お手伝い、友達との付き合い方、勉強…それは子供の将来を考えるからです。1〜2年目のパティシエは、まずは下地を作る期間。3年目から自立心をもって、自信を得て、成長意欲を持ち始めます。そこからが本当の始まりですよ。
▲入社までには必ず「入社前の研修期間」を設けているそう。仕事や食事を一緒に過ごし、その上で本当にやっていけるかを話し合う。入社できるかは「本人次第。やる気があるなら何人でも受け入れる」。
──徒弟制度は古臭い、と思っていましたが…仕事場においての親子関係と考えると、イメージが変わりました。ただ「子供」が13人いることになるので大変ですね。 そうですね…恥ずかしい話、以前は仕事ができる子を良いポジションばかりにつけて、亀裂が生まれることもありました。中にはとにかく私に認められようと必死で、ポジションを奪ったり周りにあたったりする子も。そういう経験から、長くいても、最近入ってきても分け隔てなく接して、常に平等であることを心がけています。ポジションも半年ごとのローテーションです。 ──みんな必死だからこそぶつかることもあるんでしょうね。 ただ、時には体調面・精神面で心配になる子もいます。そうなると話は別です。特に若い子は、ミスして先輩に怒られることが続く時期があります。ミスして怒られる、怒られたことでさらに気を張って、だんだん夜眠れなくなる。眠れなくなると疲れがとれず、判断力が鈍って、またミスをする。そうしてずっと萎縮する日々が続くんです。体調を崩して、心も病んでしまいます。 ──あぁ…すごい悪循環ですね。 心身の健康を守るのも、親の役目だと思うんです。心配な子には夜中であっても電話をかけてみる。すると案の定眠れなくなっているので、電話に出てくれるんですね。「今日は何があって、どんなことで怒られたんや」と今日の出来事を聞いて、少しずつ心を落ち着かせていきます。しばらく話したら「また明日な」と電話を切る。ちょっとずつ心と頭を本来の状態に戻していくので、時間はかかります。でもこれまで一生懸命頑張ってきた子だから、と信じて向き合っていきます。ダメだった場合ももちろんありますけど、やれるだけやろうと思っています。
課題は「働き方改革」に伴う売上の確保
──カウンセリングにも近いですね。シェフに守られ、技術を磨いていけるお店だと思いました。 ただ年々、若い子が入ってこなくなったように感じています。毎年数名の見習いを採用できていましたが、最近はパッタリと来なくなってしまいました。色んな人に聞いてみると、やはり労働条件の良いホテルや大きな企業に負けているのかな、と。 ──週2日の休み、勤務時間と給与の兼ね合い、それと社会保障ですかね。 そうでしょうね。うちの店も今年の10月から第1・第3の月曜火曜を定休日に、大阪店は同じく第1・第3の土日を定休日にして、月2回の連休をとる体制にしました。もちろんその分の生産量は下がります。売上を維持するにはどうすれば良いか、考えていかないといけません。これまで入っていなかった社会保険も、2年前から全員加入しました。


