この記事は2015年6月下旬に行った取材を基に制作しています。
パティシエの新たな可能性に挑戦する実験企画。
挑戦してくださったのは、阪急電鉄夙川駅北側にある老舗の人気洋菓子店エルベランのオーナーシェフパティシエ柿田衛二さん。創業から50年以上、夙川の街と共に歴史を積み重ねてきた同店では、代名詞であるクッキーをはじめ、素材の味を存分に活かした洋菓子がたくさんのお客様を虜にしている。
そんな柿田さんの元に届いた異色の食材。それは豊かな自然が残る岡山県因幡街道沿いの「くぬぎの木」を榾木(ほたぎ)とした原木シイタケだ。
地下からの天然水を掛け流して育てられたシイタケは、味が濃くうま味がぎゅっと凝縮されている。勿論、シイタケ自体の味はおいしいのだが、これを洋菓子にするのは至難の技のように思われた。


味の濃い肉厚の原木シイタケを、見事にスイーツに変身させるまでの物語
アイデアが生まれたきっかけは、幼い頃食べた母の味

原木シイタケは勿論、野菜自体を洋菓子の食材として使うのは初めてだった柿田さん。
素材の味をいかに引き出すか。模索している時に思い出したのは、昔、母親が作ってくれた、シイタケを使った一皿だった。
シイタケをバターでソテーして生クリームをたっぷり使ったホワイトソースで煮込んだシチュー。おいしい記憶、という柿田さんのアイデアの土壌。ここから、柿田さんのシイタケを使った洋菓子のレシピはスピードをあげて構成されていった。
原木シイタケから生まれた、うま味が後をひく濃厚クレームブリュレ

フランスで修行を積んだ経験もある柿田さん。フランス料理でもセップ茸というキノコを使い、生クリームや卵黄とあわせる料理があったため、イメージはどんどん膨らんでいった。
素材そのものの味を存分に感じられるように、生シイタケをうすくスライスし、バターでソテーし、じっくりとうま味を引き出した後、白ワインでフランベし、香ばしさを加える。熱を加える事でシイタケ独特のおいしさが引き出されたソテーに、生クリームを加えたら、シイタケペーストの完成。
このペーストを使って生まれたのが、シイタケのクレームブリュレだ。キャラメリゼをほどこしたクレームブリュレにスプーンをいれ、一口。はじめは、甘さ控えめであっさりとした印象を受けるが、後に濃厚なうま味がじーんと後をひく。
これがシイタケならではの味わいだと話してくださった柿田さん。なんとも贅沢で上品なクレームブリュレだ。シイタケ農家の岡田さんも驚きの表情をみせる。
普段からシイタケをもっとたくさんの人に食べてもらうためスイーツにできないかと試行錯誤していたが、こんなにおいしい食べ方があることに感激し、プロのパティシエの引き出す素材の力の可能性を強く感じたようだった。

パティシエという職人として

今回、シイタケという斬新な食材で洋菓子を提案してくださった柿田さん。 メニューのアイデアが生まれたきっかけは母親の思い出の味。だが、それを形にさせたのは、柿田さんが毎日コツコツと積み上げてきた数々の経験だろう。
職人として日々食材と向き合い、よりよいものを追求しているからこそ、伝えられる技術が身につくと話してくださった柿田さんの笑顔はとても素敵に映った。
洋菓子業界と農業。
異なる業界にいても、プロとして生きる職人同士が魅せた一皿から、その道を貫くことの大切さを感じるとともに、その中でご褒美のように誕生する成果と出会える喜びを羨ましく思った。きっと、続けた人にしか見えない景色があるのだろう。
今回をきっかけに、岡田さんの原木シイタケを使ったクッキーも考案していると話してくださった柿田さん。店舗の定番メニューとしてシイタケクッキーが並ぶ日もそう遠くなさそうだ。
パティシエ&農家紹介
【パティシエ】 エルベラン オーナーシェフパティシエ 柿田衛二さん
長く地域のお客様に愛される店をめざし、1964年創業したエルベランの二代目オーナーシェフパティシエ。
材料に無駄なものを一切使用せず、ひとつひとつの完成にじっくり時間をかけて作り出す洋菓子にファンも多い。2000年にフランス・ブルターニュ地方の中核都市レンヌの名店パティスリールダニエルでローランルダニエル氏に師事。イッサンジョー国立製菓専門学校にて研修し、帰国後現在にいたる。コンテスト入賞等受賞歴も多数。
【農家】 株式会社ムサシ農園 岡田 晃さん
岡山県美作市の美しい自然のなかで愛情をいっぱいかけて育てた原木シイタケは、多くのシェフも唸らせる味。自ら育てたシイタケ菌を植えつけた榾木に、地下からの天然水を掛け流す手法で栽培。シイタケ本来の独自の味と香りを実現している。