「弟子は子であり、師匠は親である」──名店『ドゥブルベ・ボレロ』渡邊雄二シェフが語る若手パティシエの”子育て論”

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今回取材に伺ったのは、滋賀県守山市。関西でも指折りの名店と称される『ドゥブルベ・ボレロ』です。同店は2004年、まだ滋賀県では「フランス菓子」に馴染みがない頃、本格フランス菓子を販売するパティスリーとしてオープン。テレビで紹介されたことをきっかけに広く知られるようになり、2013年には大阪市内にも2号店を開きました。

オーナーの渡邊雄二シェフは、このお店で現在13人の「弟子」を育成しています。過去にもドゥブルベ・ボレロで修行した多くのパティシエたちが巣立っていきました。若いパティシエたちが技術を学び、磨く「修行場」として選ばれているお店です。

有名店のパティシエたちは、日々どんな修行をしているのでしょうか。また、渡邊シェフはどんな想いで今の若手たちと向き合っているのでしょうか。お店に伺い、話を聞いてきました。

渡邊雄二(わたなべゆうじ)さん

1965年、三重県伊勢市にある老舗洋菓子店『シラセ』に生まれる。大学卒業後、鎌倉市の『レザンジュ』へ入店。三輪壽人男氏に師事。1993年からは実家の洋菓子店へ戻り、工場長を務めた後独立。滋賀県守山市に『ドゥブルベ・ボレロ』をオープンする。ショコラの格付け「C.C.C」では3年連続最高位を受賞するなどショコラティエとしても活躍。

高い技術、良い店づくり、良い接客を全員で

──今、渡邊シェフには13人のお弟子さんがいらっしゃると聞きました。これまでも多くの卒業生がいらっしゃると思うのですが、皆さんはシェフから何を学びたいとお店に入ってくるのでしょうか?

やはり私のケーキの味を知り、その作り方を学びたいと入ってくる子が多いですね。ただ未経験の子には、1年間販売と接客に入ってもらいます。うちには将来独立したいと言って入ってくる子が多いんです。店に必要なのは、まず高い製造技術。加えて「良い店づくり」「良い接客」で成り立つと考えているので、必ず売り場に立ち、お客さん視点を養えるようにしています。

▲売り場の広さは意外にも控えめだが、取材中もひっきりなしにお客さんが訪れ、イートインスペースも昼以降は平日も満席。人気ぶりがうかがえる。

▲南仏をイメージしたパティスリー。エントランスの脇にはテラスへ続くアプローチが。暑い時期以外はいつも雑草を抜いたり、こまめに水やりをしているそう。

──ドゥブルベ・ボレロは確立された世界観がありますよね。1日の始まりは「お庭の手入れから」と噂を聞いたこともあります。

夏は暑くてできなかったから雑草が伸びちゃってますけどね(苦笑)。涼しくなってきたから手入れも再開しようかと。フランス菓子って、ちょっと独特ですよね。日本人にとっては日常的に食べるものではないんです。でもこの店に来てフランスのような雰囲気やアンティークに囲まれてみると「フランスに来たみたい」と気持ちのスイッチが入ります。敷地に足を踏み入れた時から気分を変えてもらって、そしてフランス菓子を食べてもらえるようにしています。オープン当初は批判しかありませんでしたけどね。

──そうだったんですか?すごく意外です。今や滋賀県のトップパティスリーですよね。

滋賀の方にとっては、ケーキは小さいわ値段は高いわ、おまけに子供が食べにくいお酒が効いているケーキは受け入れがたいものだったようです。批判だらけでした。でもこれが自分の信じる「美味しいお菓子」なんだ。お酒を効かせて、子供ではなく大人が食べて満足するケーキなんだ。と、理解してもらうまで、根気よく伝え続けてきました。次第に、子供向けのケーキは別のお店で、大人向けはうちの店で…と使い分けてもらえるようになってきて。少しずつ、うちのケーキの味に慣れ親しんでもらうようになりました。

▲美麗なガトーがショーケースにずらり。どの商品もお酒をたっぷりと使った大人向けの味わい。

──お酒を効かせるのは、渡邊シェフの師匠である三輪壽人男氏(現:パティスリーMIWA)から学んだと聞きました。

師匠は相当こだわっていました。ただ師匠の組み合わせはラム酒だったりリキュールの風味が前面に出てくるタイプの使い方なんです。師匠曰く、味に広がりが出るのであえて別系種の素材を合わせる。例えばラズベリージャムに、チェリーのキルシュとか。合わないわけじゃないけど、昭和的な使い方です。

──なるほど。

でもそれだと味に広がりはあるけれど、リキュールも強く感じすぎてしまうんです。お酒が好きな方はいいけど、苦手な人には受けが悪かったりします。そこで私は、同系種のリキュールを合わせることで、味・風味に統一感を出して奥行きを出すようにしたんです。美味しいフランス菓子はフルーツの味をどう活かすかがポイント。生フルーツから作ったピューレに乳製品が加わると味がぼけてしまうため、そこに40度程度の強いブランデーを加えることで、甘みをうまく消すことができる。甘さにキレが出るというのかな…それが私の菓子、ドゥブルベ・ボレロの味です。

▲使用するのはオードヴィーというフルーツブランデー。リキュールと比較すると高額だが、酒販免許を取得することで、卸値で輸入できている。仕入れたワイン・ブランデー類は売り場でも販売。

▲ドイツ菓子「アイアシェッケ」。お店がメディアで取り上げられる際は必ず紹介されるほどのロングセラー商品。

研修旅行、まかない制度で
クリエーション(創造性)を育む

──ドゥブルベ・ボレロでは毎年お店を閉めて、必ずフランスなどのヨーロッパへ研修旅行に行くそうですね。当然その間は売上に響くでしょうし、何より13人分の旅費は高額です。それでも行く理由ってなんでしょうか?

本場の味はもちろんだけど、現地でしか知り得ない空気感や文化、生活事情を肌で体感してほしいんですよね。菓子職人として必要なのは製造技術だけじゃない。アートや映画、音楽など、アーティストやクリエイターの作品からインスピレーションを受けたり、広い世界で物事を見ることが大事です。シェフになれる人、なれない人…その差は「クリエーション」にあると考えています。

──クリエーション…つまり創造力ですよね。

はい。良くも悪くも菓子は決まったルセットが存在し、分量通り、店のやり方、作り方を守っていればシェフの味を再現できます。でもそれで終わっていては、独り立ちとは言えません。いずれ自分の店を持ち、自分の菓子を生み出していくことになります。誰かの真似をしているばかりではなく、いかにアレンジするか、そして修正できるか…。その時に少しでも役立つように、他国文化への理解や経験、感性を養えるように、ヨーロッパへ勉強がてら連れていきます。

──独立を目指すお弟子さんが多いからこそ、色んな経験をさせておきたいということですね。

それから「まかない」も、うちの店では絶対に外せない文化です。うちの店では、まかないを朝・昼の2食を作って、みんなで食べます。まかない担当は2人1組にして、ローテーションで全員分を作っているんです。

──まかないとクリエーションは、どう関係するんですか?

料理と菓子の違いは、レシピを見て真似ても思ったようには美味しくできないところにあります。作り手の微妙なさじ加減によってクオリティが変わるんです。分量はこれくらい、味はこれくらい、焼き加減や茹で加減はこれくらい、という風に。

──確かに「塩適量」とは…?って思うこともあります。それに一人分と違って大人数だと余計に難しいですね。

そう、だから最初は絶対に美味しくないものができる(笑)。新人が入って半年くらいは悲惨なものですよ。「今日の担当は新人?覚悟しておこう…」みたいな。でも何が原因か考え、改善し、分量を変えたり別の食材を使ったりしながら何度も何度も同じ料理を作って、徐々に美味しくしていく。本来、菓子にもそのプロセスは必要です。でもシェフが決めたルセットは、勝手に変更できません。だからまかないの調理で、改善する思考だけでも習慣づけておくんです。

──すごく納得しました。お菓子についてはシェフからきっちりと指導を受けつつ、アレンジ力とクリエーションは研修やまかないで養っていくんですね。ご飯をみんなで食べるのは、家族みたいでいいなと思いました。

そうです。必ず朝・昼の時間をみんなで合わせて一斉に食べると決めています。忙しいから定期的に「2班に分かれて食べたい」って話題も出ますが、それはどうしても譲れません。みんなで同じ釜の飯を食べるって言うんでしょうか。同じものを食べ、同じ時間を過ごし、会話する。家族のルールみたいなものです。

──今の時代、職場とプライベートのメリハリをつけたいという若手も増えていると思います。職場内での結びつきが強いと嫌がる方もいそうですが…。

そうですよ、合う人は合うし、合わない人は本当に合わない。ハッキリ分かれます。仕事が終わっても、さっさと帰る人はあまりいません。余ったまかないをアレンジしたり、売れ残ったパン、ケーキをつまみながら開封して3日くらい経ったワインをみんなで飲んだり。カフェスペースで喋ってリラックスして、家に帰ったらお風呂に入って寝るだけの人が多いです。

「弟子」は子供であり「師匠」は親である

──お話を聞いていると、昔ながらの師弟関係ですね。

まるで相撲部屋みたいでしょう(笑)。時代錯誤なのは理解しています。修行って言葉も、もう死語なのかもしれない。ただ自分にとっては彼・彼女らはスタッフというより弟子であり、子供なんです。彼・彼女らにとって私は師匠であり、親でもある。親は子供を自立させ、社会に出すために色々なことを教えるでしょう?食卓でのマナーや料理、お手伝い、友達との付き合い方、勉強…それは子供の将来を考えるからです。1〜2年目のパティシエは、まずは下地を作る期間。3年目から自立心をもって、自信を得て、成長意欲を持ち始めます。そこからが本当の始まりですよ。

▲入社までには必ず「入社前の研修期間」を設けているそう。仕事や食事を一緒に過ごし、その上で本当にやっていけるかを話し合う。入社できるかは「本人次第。やる気があるなら何人でも受け入れる」。

──徒弟制度は古臭い、と思っていましたが…仕事場においての親子関係と考えると、イメージが変わりました。ただ「子供」が13人いることになるので大変ですね。

そうですね…恥ずかしい話、以前は仕事ができる子を良いポジションばかりにつけて、亀裂が生まれることもありました。中にはとにかく私に認められようと必死で、ポジションを奪ったり周りにあたったりする子も。そういう経験から、長くいても、最近入ってきても分け隔てなく接して、常に平等であることを心がけています。ポジションも半年ごとのローテーションです。

──みんな必死だからこそぶつかることもあるんでしょうね。

ただ、時には体調面・精神面で心配になる子もいます。そうなると話は別です。特に若い子は、ミスして先輩に怒られることが続く時期があります。ミスして怒られる、怒られたことでさらに気を張って、だんだん夜眠れなくなる。眠れなくなると疲れがとれず、判断力が鈍って、またミスをする。そうしてずっと萎縮する日々が続くんです。体調を崩して、心も病んでしまいます。

──あぁ…すごい悪循環ですね。

心身の健康を守るのも、親の役目だと思うんです。心配な子には夜中であっても電話をかけてみる。すると案の定眠れなくなっているので、電話に出てくれるんですね。「今日は何があって、どんなことで怒られたんや」と今日の出来事を聞いて、少しずつ心を落ち着かせていきます。しばらく話したら「また明日な」と電話を切る。ちょっとずつ心と頭を本来の状態に戻していくので、時間はかかります。でもこれまで一生懸命頑張ってきた子だから、と信じて向き合っていきます。ダメだった場合ももちろんありますけど、やれるだけやろうと思っています。

課題は「働き方改革」に伴う売上の確保

──カウンセリングにも近いですね。シェフに守られ、技術を磨いていけるお店だと思いました。

ただ年々、若い子が入ってこなくなったように感じています。毎年数名の見習いを採用できていましたが、最近はパッタリと来なくなってしまいました。色んな人に聞いてみると、やはり労働条件の良いホテルや大きな企業に負けているのかな、と。

──週2日の休み、勤務時間と給与の兼ね合い、それと社会保障ですかね。

そうでしょうね。うちの店も今年の10月から第1・第3の月曜火曜を定休日に、大阪店は同じく第1・第3の土日を定休日にして、月2回の連休をとる体制にしました。もちろんその分の生産量は下がります。売上を維持するにはどうすれば良いか、考えていかないといけません。これまで入っていなかった社会保険も、2年前から全員加入しました。

──13人分を一気に社保に入れる。大きな決断でしたね。

そりゃあもう…年間500万円近くの支出になります。まかない代、フランス研修とほぼ同額です。でもまかないは絶対に外せないし、フランス研修にも毎年必ず連れて行きたい。どちらも手放せないんですよ。どうやってそれらの費用を捻出するか。今の課題です。

──今の時代社保完備は当然と言える条件のひとつですが、その分しわ寄せがどこかに来るんですね。

もっとうまくやる方法があるんでしょうね、そこは勉強しないと。店を経営する必要な利益、働き方、そしてお客さんが納得する味。バランスをとるのは難しいことだと痛感しています。日本の制度が変わっていって、働き方改革なんて言葉もあります。

──パティシエの働き方はまだまだ見直していかないといけませんね。

原価も上がっていく、人手も減っていく、法律も厳しくなっていく。その中で手仕事の職人の技術を継承していくのは、どんどん難しくなってくると思います。難しくても、それでも私は私の教えられるすべてのことを、弟子たちに受け継いでいきたい。「みんなが将来パティシエとして成功するために必要なこと」に、時間を使っていこうと思います。

店舗プロフィール

W.Bolero(ドゥブルベ・ボレロ)守山本店
住所:滋賀県守山市播磨田町48-4
営業時間:11:00〜20:00
定休日:毎週火曜日、第1・第3月曜日
公式HP:http://www.wbolero.com/

written by

あかざしょうこ

1984年生まれ。PATISSIENTの編集ライター。「人生の教科書は人」をモットーに、聞いたり書いたりしています。
このご時世、職人をどうやって育てていくのか、切実な悩みを聞けた取材でした。取材時にいただいたモンブランも、帰りにいただいたマロンパイも、感動的に美味しかったです。この味が今後も引き継がれることを願います。

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