パティシエ人生の始まりはフランス現地から。ニワトリと格闘しながら学んだ濃厚な1年間

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『つくる技術を極めようと思っても、上には上がいる。それなら売る技術を高めていきたい。お客さんもスタッフもみんなが幸せになれるような、そんなお店をつくっていきたいんです』。 そんな想いをもち、25歳で洋菓子店の経営に乗り出したシェフ南澤寛也(みなみさわひろや)さん。

東京都杉並区、西荻窪にある6坪ほどの小さなパティスリーで、お客様と日々楽しく会話をしながらお菓子を作っています。

南澤シェフ、実は和菓子職人からパティシエへ転身されたとのこと。さらに、日本の店で経験を積んでから…ではなく、いきなり単身フランスへ渡り、自力で修業先を探すという体当たりな経歴! その紆余曲折をくわしく聞いてみたくなり、インタビューをお願いしました。

南澤寛也(みなみさわひろや)さん

大阪府茨木市出身、27歳。製菓学校を卒業後、老舗和菓子店『御菓子司 柏谷葛城堂』に就職。およそ3年勤務したのち、パティシエに転身したいと単身渡仏。郊外のフォンテーヌブローにある『Patisserie Bakery Yvan Le Pape』で1年勤務する。帰国後は1年の準備期間を経て、2016年10月に西荻窪で自身の店『Patisserie Hiroya Minamisawa』をオープン。

商品数を絞って来店目的を明確に。大人がじっくり楽しめるようなケーキを作ろうと思った

▲店内のショーケースに並ぶケーキ。(お店提供画像※)

―――お店ではチョコレートケーキと焼菓子をメインにしているとお聞きしました。具体的にはどんな商品を並べているのでしょうか。

だいたい生菓子が10種と焼菓子が9~10種類くらい、「グランマルニエ」や「エスプレッソ」など4種類のチョコレートケーキが中心です。同じ商品でも季節によって構成を変えるものもあります。たとえばスペシャリテの「ビター」なら、冬は濃厚な味が喜ばれるので、「ババロアとガナッシュ」で水分量が多くねっとりした感じに。夏はさっぱり食べられた方がいいかなと、「メレンゲとムース」でふわっと軽い仕上がりにしています。

▲焼菓子人気No.1 は写真上段にある「塩バニラクッキー」 。卵不使用のためアレルギーのある方にも喜ばれている

▲ほか、ミルフィーユやシュークリーム、カヌレなども。シーズンごとに新作も用意している※

僕がつくるケーキはフランスで修業した店のものがベースになっているので、オープン当初はその店と同様にムース系ばかり並べていました。でもなかなか売れず、お客さんのリアクションや売れ行きを見ながら毎週違うケーキを出していました。今はだいぶ落ち着いて、シーズンごとに新商品を出したり変えたりするくらいです。

▲月初に個数限定で販売するサバラン。受け取りは3週目の土日のみと決め、キャンセルが出た場合だけ店頭に並べているそう(お店提供画像)

――チョコレートケーキをメインに据えたのはなぜでしょう?

子どもが喜ぶケーキがあるなら、大人が喜ぶケーキがあってもいいんじゃないかなって思ったんです。チョコレートって、甘くて疲れを癒してくれるようなイメージがありますし。濃厚なチョコレートケーキを買って、お酒と一緒に自宅でゆっくり楽しんでもらえるような…そういうご褒美のようなお菓子が作りたいなと思うんですよね。

――ご褒美にチョコレートケーキ、いいですね!でも、売り上げが落ちてしまう夏場はどうされているのですか?

Instagramで「いま商品作ってるよ、売れなきゃ困るよ」っていうお客さんへのアピールのつもりで、製作途中の写真を載せてみる作戦をしています(笑)。

▲試作中のケーキも段階を追ってSNSに投稿。出来上がっていく過程を公開し、お客様に楽しみをもってもらう(お店提供画像)

でも正直なところ、やるだけやっても変わらないなら、夏場の売上をあげることに時間や労力を割くのは無駄かなとも思いますね。それなら夏のうちに、冬場の売上につながるような種をまいておこうかなと。新商品の試作だけでなく、いま出ている商品のさらなるバージョンアップとして、材料をグラム単位で変えたり、作り方の手順を見直したり、配合は一緒だけど乳化具合を変えてみたりと色々試しています。

それに、あれこれ手を出すよりも、看板商品のバリエーションを充実させた方がお客さんも選びやすいのではと考えました。「チョコレートケーキを買いたいから『Patisserie Hiroya Minamisawa』に行こう」って来店してもらえるのが理想的ですね。

――なるほど、あえて商品数を絞ることで、お客さんの来店目的を明確にしているんですね。

ものづくりへの興味から大工に憧れるも、最初に飛び込んだのは「和菓子の道」

――お店をオープンしたのは25歳の時。かなり早い方ではないですか?

僕はパティシエになりたかったというより、経営者になりたかったんです。「経営の勉強をしたい」という想いだけで、コンセプトも練ることなく、商圏調査もとくにせず、生活圏内に空いた物件を見つけてオープンしちゃったんですよね。

しかも開店してから周りにどんどんケーキ屋さんが増えて、段々と「”自分の店の価値”を意識して作らないとまずいかも…」と思うようになりました。それで、1年後にリニューアルとして商品構成を今のチョコレートケーキと焼菓子主体に変えたんです。

――それは思い切ったことを…!経営に意識が向いたのはいつ頃ですか?

昔から「設計とかイチから考えて、最後まで自分で完結できる仕事をしたいな」と思っていました。最初は大工さんがいいかなと思ったんですが、怒声が飛び交うような怖い印象があって(笑)。で、同じような理由でパン屋さんかな?と思ったんですが、洋菓子の方が見た目もキレイで楽しいんじゃないかなって。それで製菓学校に入りました。

――確かにどれも、” ものづくり”の仕事ですね。でも、製菓学校を出た後は和菓子店に就職したんですよね?

はい。製菓学校時代に初めてきちんと作ったあんこを食べて「うわ、すごく美味しいな」って感動しちゃって。「あんこも面白いかもしれない」と和菓子屋さんに就職したんです。和菓子の世界は面白かったし、奥深かった。僕ら若手は糖度計を使って毎回同じ味になるよう調整していましたが、70代の大ベテランは何をどうしているのか分からないのに毎回すごく美味しいんです。

3年で一通りの仕事を任せてもらえるようになり、仕事をするなかで、「イチから自分で考えて作ってみたい」という想いがどんどん強くなっていきました。和菓子は今でこそ新しいスタイルのお店も出てきていますが、基本的には昔から続く作り方・売り方を大切にする文化ですから。

今からでも洋菓子を勉強してみようかな、せっかく新しい世界に飛び込むんなら、本場・フランスで学んでみようかなと思ったんです。

修業先を決めず、単身フランスへ。ニワトリとの格闘から始まったパティシエの仕事

※イメージ画像

――いきなりフランスへ、とは大胆ですね!日本の洋菓子店で働いてから…とは考えませんでしたか?

僕は「しっかり修行を積んで、一流のパティシエになりたい」という想いはあんまりないんですね。どんなに頑張っても僕より上の人たちなんてたくさんいますしね。つくる技術はかなわなくても売る技術があれば、そういった人たちを将来雇えるかもしれませんし。
だから「最初からフランスに行って、ひと通り学んできちゃえばいいか」というような軽い気持ちでした。

――なるほど。フランスへは修業先を決めてから行ったのですか?

いいえ、とりあえず行ったら見つかるかなと思って、ワーキングホリデーで1年のビザを取りました。 現地に着いてから直談判しようとお店に入ったんですが、勉強していたつもりのフランス語がまったく通じなくて。直接交渉するのはやめて、メールと手紙を100店舗分くらい書いて出しました。結局返事が来たのはたった3件、少なすぎますよね (苦笑)。最初に返事をくれた、フランス郊外のフォンテーヌブローにあるお店に決めました。

▲フランス・フォンテーヌブロー(※イメージ)

――どんなお店だったんですか?

シェフがひとりで製造から接客までやっている、自宅を兼ねたパティスリーです。すごく広いお店で、もともとは20人くらいスタッフがいたそうなんですが、全員ケンカして辞めたっていう(笑)。お菓子への情熱が強すぎるような、クセの強い方でした。そんなシェフと2人きりで1年過ごしました。

――お店ではフランスの伝統菓子を出していたんですか?

いいえ、ケーキはムース系が多かったですね。シェフはホテルレストラン出身で、パティスリーのケーキというよりは、アシェットデセールに近いような構成のものが多かったです。ほかにフランスパン、ヴィノエワズリー系も色々、すべてシェフひとりで作っていました。

シェフは、近いうちにお店を売ってオーストラリアに移住したいと考えていたそうです。売るために、まずお店をリフォームしたい。修理したり、壁に色を塗り直したりする時間が欲しいけれど、お店の営業と同時進行だと時間が足りない。誰かにお菓子やパンの販売・製造を任せたい。そう思っていたところに僕からメールが来たので、渡りに船とばかりに雇ったそうなんです。 僕にとってもフランスにいる1年のうちに色々作れるようになりたいと思っていたので、ジャストなタイミングだったんですね。

フォンテーヌブローは自然豊かなところでした。それにシェフが動物好きなこともあって、パティスリーなのになぜかニワトリがいるんですよ。お昼ご飯に産みたてのタマゴを使っていました。
ここでの僕の最初の仕事は「ニワトリを小屋に戻す」っていう作業でした(笑)。といっても、これまでニワトリと触れ合ったこともないし、どんな動きするかわからないからすごく怖かったです。でも住み込みで、賄いも3食出してもらえる好条件。追い出されても行くところがないので頑張りましたね。

――すごい、なかなかできない体験ですね!(笑)言葉の壁などはなかったんでしょうか?

シェフは英語ができるし、僕も仕事に支障がない程度には分かるので、基本的には英語でのやりとりでした。 仕事には結構早く慣れましたね。シェフが僕のことを気に入ってくれたのも大きかったと思います。ただ、何か間違ってワーッと怒られたりしても早口で怒られるときはフランス語だったので、何を言われているかわからなくて…あんまり気にせず過ごしていたら、いつの間にか仲良くなりました。

でも一度、クリスマス時期に「2人前のケーキ6個作って」って指示されたのに「6人前のケーキを2個」作ってしまったことがあって、その時はすごく怒られました(笑)。クリスマス時期だったのでなおさら。

――それは確かに間違えそうです(笑)異国の地で働くなかで、ツライな、帰りたいなと思うことはなかったですか?

フランスで働いてる自分に酔っていたんでしょうね。俺カッコイイな、みたいな(笑)。実は無給だったんですけど、朝6時から日付が変わるくらいまで働く生活を1年続けて、2万円だけもらいました。クリスマスプレゼントだって。 ちょっと変わったシェフでしたけれど、気に入ってもらえて、本当に良くしてもらいました。お腹いっぱい食べさせてもらえて修業もできるってすごくいいなって。

技術的なことも、お菓子の作り方も、シェフに教えてもらったことはすべて役立っています。帰国してから有名パティスリーでも少し働かせてもらったのですが、そこでも問題なく通用しました。 今でもお菓子づくりに迷うときは当時のメモを見返したり、シェフに連絡して相談したりしています。

目指すのは『パティスリーのスナック化』。何度も通いたくなるようなお店を作りたい

――南澤シェフはなぜ、この西荻窪でお店を持つことにしたんですか?

帰国後、1年ほど準備期間として働きながら空き店舗を探しました。最初から西荻窪に出そうと思っていたわけではないんです。当時「三鷹の森ジブリ美術館」のカフェで働いていたから生活圏内だったんですね。なので、どんなお店があるのかという土地勘はありました。

ある日たまたまこの空き店舗を見つけて、6坪と狭いけれど家賃が11万5千円。自分ひとりで営業するにはちょうど良いかなって。資金は金融公庫から借金800万円ほど借りたほか、父も貸してくれました。今は月15万くらいの返済です。 当初は製造も販売もひとりでやっていましたが、手がまわらなくなってきてしまったので、販売スタッフもひとり正社員として入ってもらっています。

――今後やりたいことや、「こんなお店にしていきたい」という想いはありますか?

今はお金がないので難しいけれど、ゆくゆくはカフェをやりたいですね。お店のスタッフとお客さんが気軽にコミュニケーションが取れるような、街のスナックのようなお店にしたいんです。

今、洋菓子界はクオリティ重視の競争社会ですよね。差別化の難易度はこれからもどんどん上がってくると思うので、「僕たちを応援したい、助けたい」と思ってもらえるようなお店をつくったら、お客さんももっと来てくれるかなって考えているんです。

お菓子の話やお店の話。SNSでのコミュニケーションはもちろん、リアルでも積極的に交流していきたい。だから接客は丁寧に、すごく時間を使います。来てくれたお客さんと盛り上がって、2時間くらい話し込んだこともありますよ(笑)。お客さんも働くスタッフも居心地がよくて、みんなが幸せに感じられるような場所をつくっていきたいです。

◆Patisserie Hiroya Minamisawa(パティスリー ヒロヤ ミナミサワ)

住所:東京都杉並区西荻北4-24-11
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜、木曜
URL:公式HP 

(※)商品の価格はすべて2019年7月時点のものです。

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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