父と作ったクレープが製菓に進むきっかけに。パティシエ一家の次男が掲げるお菓子作りへの想いの原点

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新宿から電車でおよそ40分。神奈川県郊外の本厚木駅からほど近い場所に、レンガ屋根のかわいらしい外観をしたパティスリー『しあわせのお菓子TreeOven』があります。

オーナーシェフは、この地に生まれ育った岡田裕樹さん、37歳。 じつは岡田さんのお父さんもお兄さんもパティシエ。 ご実家は『幸せの丘』というパティスリーを経営し、今はお兄さんが後を継いでいます。

パティシエ一家の次男である岡田さんは、「幸せの丘」や他のお店で経験を積んだあと、「幸せの丘 駅前店」の責任者として厚木の地に戻り、後に独立の夢を叶えました。

お父さんから大きな影響を受けて業界入りし、開業するまでに至った岡田さん。 業界入りするきっかけとなった幼い頃のお話や修行時代のこと、そして「独立の夢」を叶えるに当たってにぶつかった壁…今のお店のルーツとなったエピソードをお聞きしてきました。

岡田裕樹(おかだゆうき)さん

神奈川県厚木市出身。パティシエの父の影響で小さい頃からお菓子のある環境で育ち、18歳で高校卒業と同時に調理師免許を取得。父の店「幸せの丘」で7年修業を積み、その後西鎌倉のフランス風創作菓子「レ・シュー」に勤務。2009年「幸せの丘駅前店」オープンに伴いシェフパティシエに就任。2016年「しあわせのお菓子TreeOven」として独立、オーナーパティシエになる。

「父の店」で学んだお菓子をベースに「自分の店」の個性を作り出した

―――小田急線の本厚木駅前からすぐの立地で、とても便利ですね。独立開業してから今年で3年目とお聞きしました。

もともとこの場所は、父の店「幸せの丘」の” 駅前店”として7年間営業していた場所なんです。「幸せの丘駅前店」は、私がお店の責任者として立ち上げから運営までを任されていました。 2016年に父からこの場所を譲り受け、自分の店として新たに「しあわせのお菓子 TreeOven」としてリニューアルオープンした形です。

―――お父さんのお店「幸せの丘」の系列店というわけではなく、岡田シェフの完全な独立店舗なんですね。

はい。父が興したパティスリー「幸せの丘」の本店は、いま兄が後を継ぎ、父は会長を務めています。

独立開業に際し、内観、外観ともにガラッと変えました。 それまでは「幸せの丘」のシンボルである赤いテントがあったのですが、より温かな雰囲気のレンガ屋根や漆喰の壁に。 商品数を増やし、半生菓子・焼菓子は30種以上、生菓子は20種以上を揃えて、流行りを意識したほうじ茶やルビーチョコレートのケーキなども出しています。

▲ルビーチョコレートを使ったアントルメ「ルビー・ルージュ」

名物は採算度外視で提供している「ツリーオーブンシュー」。1日200個以上出る時もあります。シュークリームは父の店「幸せの丘」の名物でもあるんですが、その味をベースに、自分なりのオリジナリティも出したいなと思っていて。バターや粉、作り方を変えた3種類のシュークリームを作って、お客様に選ぶ楽しみも感じていただけるようにしています。

――「幸せの丘」から「TreeOven」に生まれ変わって、お客様からの反応はいかがですか?

普段ご家庭で楽しむケーキ店としてだけでなく、手土産やお祝い事になど、さまざまな場面でご来店いただくことが増えました。 うちの店ではオーダーケーキも力を入れていて、月300台くらいは出ます。 最近ではボクシング世界チャンピオン、井上拓真選手の祝勝ケーキも作らせていただきました。

▲ボクシング世界チャンピオン・井上拓真選手から依頼された祝勝ケーキ

井上選手は厚木市の隣の座間市出身で、以前うちの店でケーキを買ってくれたことがあったそうなんです。依頼をいただいてから、閉店後に少しずつ作業しておよそ1週間かかりました。大変でしたけど、届けた時にとても喜んで盛り上がってくれたので報われた気がしました。

普通、パティスリーで買えるケーキって平面のものばかりですけれど、お祝い事ならウェディングケーキのような高さのあるものなどがあっても良いと思うんです。 手間がかかりますが、お祝い事ならその時だけ。「TreeOven」として誰かに喜んでもらえるようなスペシャルな日のお手伝いをしたいなと進めてきたことが、だんだん実をつけてきていると思いますね。

「駅前店を守りたい」と「自分の店をもちたい」の葛藤

――「独立しよう」と決めた時、別の場所を探そうとは思いませんでしたか?

「そろそろ独立しようかな」と思ったのは、他のお店で修行中だった27歳の頃。父が27歳の時に独立して「幸せの丘」を作ったので、私もひとつの目安にしていました。 だけど、ちょうどその頃、新しくオープンする「幸せの丘」の駅前店を、イチから私にまかせたいという話が来て。迷いましたが、自分が独立するときのためにもなるだろうということで引き受けたんです。場所探しから店づくり、商品開発まで、全部自分が中心になって進めました。

▲当時の「幸せの丘」駅前店。

そこから7年経ってお店も軌道に乗ってきたので、再び開業の場所探しを始めました。でも、駅前店は立ち上げから関わったこともあって、自分自身思い入れがとても強くて。働いてくれていたスタッフたちが、辞めた後もよく店に遊びに来てくれてたりしてたんですよ。

もし私が別の土地で独立して責任者が変わってしまったら、みんなも気軽に遊びに来られなくなるかもしれない。この店は残るかもしれないけれど、もしかしたらまったく別の店になってしまうかもしれない。

みんなの色々な想いが詰まったこの場所を失わずに「自分の店をもつ」という夢も果たすにはどうしたらいいか?を考えた結果、「この土地を父から私個人に譲ってもらい、開業することはできないだろうか」と思いつきました。そして父に今自分が考えていることを話して、店ごと譲ってもらえることになったんです。

――そして同じ場所で”「幸せの丘 駅前店」から「しあわせのお菓子 TreeOven」に名称変更し、” リニューアル”という形をとったのですね。独立に際し、どんなお店にしたいと思っていたのでしょう。

▲半生菓子(半熟チーズ)などを含め、焼菓子は30種以上のラインナップ

「地域の人が集まってくれるようなお店作りをしたい」という想いがまずありました。言うなれば、ディズニーランドみたいな感じです。お店が見えてきた瞬間に心がワクワクするような。 ケーキ屋って鮮やかな色合いとか、かわいらしいデザインとか、見るだけで心が躍るようなワクワクがとても大切だと思うんです。そのイメージをお客様にも楽しんでもらえたらと考えていました。

▲店横には休憩用ベンチも備える。シュークリームを買ってここで食べる人も多い

パティシエになりたい=父のようになりたい

▲一番後ろの列の右から順に岡田シェフ、お兄さん。最前列の一番右側がお父さん。

――「幼い頃からお菓子に囲まれていた」とお聞きしましたが、子どもの時からお店に行っていたんですか?それともお父さんが家で作ってくれていたのでしょうか。

どっちもです。毎日のように遊びに行って、父や職人さんたちがお菓子を作る姿を間近で見てきました。よく厨房にも入ってつまみ食いしてましたね(笑)。
高校生になってからはアルバイトとしてクリスマスなどの繁忙期に手伝うようになりました。 今思い返すと、「パティシエになりたい」と思ったきっかけは子供の時にあったようにも感じます。

―――どんなことでしょうか?

子どもの頃、商業施設に入っているクレープ店で、ガラス越しに生地が焼けるのを見るのがすごく好きだったんです。ある時、小学校4年生くらいの頃ですかね。父に「家でもクレープ作りたい」って言ったことがありました。 「じゃあ作るか」ってすぐに材料を調達してきてくれて、一緒によく作るようになったんです。

私が憧れていたクレープをすぐに作ってしまえる父がスゴイと思ったし、そんな風になりたいと思えた。 そう考えると、ケーキ屋になりたい=父のようになりたいと思ったのかもしれません。

▲当時、お父さんと作った思い出のクレープは「ケーキ屋さんのクレープ」として店頭にも並んでいる

――「幸せの丘」では7年、パティシエとして働かれたんですよね。お店に入ってからは、お父さんとの関係は何か変わりましたか?

父は、私が小さな頃からマナーや礼儀などには厳しい人でした。 一緒に働き出してからも、ほかの職人さんよりも厳しくされることが多かったように思います。きっと「息子だから甘やかさないぞ」っていう示しもあったんだと。 でも、あえて厳しくしてくれたことで、修業先に出ても困ったり苦労したりすることはなかったような気がします。

修業先では接客からスタート。自分の店づくりのヒントに

―――その後、西鎌倉のフランス風創作菓子「レ・シュー」で修業されていますね。なぜこちらを選ばれたんでしょうか。

一度、「幸せの丘」から出て、別の店で学んでみたいと思いました。 次の修業先として、東京都内のお店も色々食べ歩きしましたけれど、ある時、自分が作りたいケーキがいわゆる「街のケーキ」であることに気づいたんです。高級というよりも、幼い頃から馴染んだ環境のような、心が温まるケーキを作りたかった。 「レ・シュー」はケーキの味やコンセプトからお店の雰囲気まで、私が思い描いていた理想に近かったんです。

あとは、フランス料理の調理の道に興味を持った時期があったので、オーナーの倉内シェフが「フランス料理のシェフを目指していたパティシエの方」だということにも、シンパシーを感じたのだと思います。

――「レ・シュー」ではどんなことを学ばれましたか?

「レ・シュー」では経験年数は関係なく、入社後は誰でも接客からスタートします。私もそのときパティシエになって7年でもう中堅の域だったので、皆と同じように接客からというのは少し戸惑いはありました。

ただ、戸惑いながらも向き合った接客で、「お客様がどんなお菓子を求めているか」「どんな想いで注文に来られるか」などがよく分かりました。ここでの経験が、今の店の「お客様に喜ばれるお菓子作り」に生きていると思います。 「地域の人に喜んでもらいたい」というTreeOvenのコンセプトはここから生まれたのかもしれません。

父の店「幸せの丘」のスピリットを大切に、自分なりの進化をしていきたい

――「幸せの丘」の会長であるお父さんとは、いまもお菓子の話をすることはありますか?

しますね。今70歳で自身の店「幸せの丘」の会長を務めているんですが、今もお菓子に対してすごく意欲的です。 「流行りはどうだ」とか、「この店はこうしていたから、取り入れてみてもいいんじゃないか」とか、色々アドバイスをくれる存在です。お菓子に対する情熱は昔から変わっていなくて、すごいなと思います。

――親でありながら、経営者同士としても語り合える…素敵な関係ですね。今後、岡田さんは自身のお店はどのように発展させていきたいですか?

「地域のお客様に喜んでもらう」想いはそのままに、今後はより多くのお客様に楽しんでいただけるよう、オンラインショップなども挑戦していきたいですね。
また、うちの厨房で働くパティシエは今4人いますが、どんどん知識や技術を吸収し、積極的にコンクールに挑戦してほしいと応援しています。 おかげさまで2017年、2018年、神奈川県洋菓子作品展で銀賞・金賞を受賞することができました。

私の父も、昔よく「コンクールにはどんどん挑戦しろ」と言っていました。 私もスタッフに対し、どこに出しても恥ずかしくないような技術を身に付けさせてあげたい。今の自分があるのは、父が将来を見据えて指導してくれたからこそだと思っているんです。

父の店で得たパティシエとしてのスピリットを、今後につなげていきたいと思っています。

◆しあわせのお菓子TreeOven(ツリーオーブン)

住所:神奈川県厚木市旭町1-24-17浅岡ビル1F
営業時間:9:30〜20:00
定休日:不定休
公式HP:https://treeoven.com/

written by

田窪 綾

調理師免許持ち、レストラン勤務経験ありのライターです。東京都内近郊を中心に、食と食に関わる方の取材執筆をしています。(Twitter:aso0035)

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